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ビットコインキャッシュの分裂は、しばしば「開発者同士が仲違いして袂を分かった」と要約されます。あるいは「手数料が高くなったから安いチェーンを作った」と説明されることもあります。どちらも間違いではないのですが、これでは核心を外してしまいます。
記録を追い直すと、あの2年半の論争が問うていたのは、ブロックサイズという技術パラメータの最適値ではありませんでした。誰も所有していないプロトコルのルールを、いったい誰が変更できるのかという、統治の問題です。開発者なのか、採掘者なのか、取引所や決済事業者なのか、それともノードを動かす一人ひとりのユーザーなのか。この問いに対する答えが割れたからこそ、チェーンそのものが割れました。
この記事では、1MBという上限がなぜ生まれたのかから始め、両陣営が本当は何を主張していたのか、合意が二度成立して二度崩れた経緯、そして勝敗を分けた要因を整理します。読み終えたあとには、今後もし新しいフォーク騒動が起きたとき、何を見れば結末が予測できるのかが分かるはずです。当時の提案文書や両陣営の公開された主張を突き合わせて構成しました。順に見ていきましょう。
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ビットコインには、1つのブロックに詰め込めるデータ量の上限があります。この上限は当初の設計には存在せず、2010年に開発者によって後から追加されたものでした。目的は、悪意ある参加者が巨大な空ブロックを作ってネットワークを詰まらせる攻撃を防ぐことです。つまり、恒久的な設計思想というより、当座の安全装置として置かれた数字でした。
ところが2015年ごろから、この数字が現実の制約として効き始めます。取引の需要が上限に迫り、ブロックに入りきらない取引が滞留するようになりました。ビットコインの手数料は、限られたブロックの席を取引同士が入札で奪い合う仕組みです。席が足りなくなれば、手数料は跳ね上がります。2017年の混雑期には、少額の送金に見合わない水準の手数料が発生する状況も生じました。
ここまでは全員の共通認識でした。問題は解決策です。
両陣営は何を主張していたのか
大きく分けて、オンチェーンで容量を拡大する立場と、基盤層は小さく保って上の層で処理する立場が対立しました。
| 論点 | ブロックサイズ拡大派 | 基盤層維持派 |
|---|---|---|
| 解決の方向 | ブロック上限を8MBへ引き上げ、より多くの取引を直接処理する | 上限は据え置き、取引データの構造改善と上位層で処理する |
| 重視する価値 | 低廉な手数料による日常決済としての実用性 | 誰でもノードを動かせる分散性と検閲耐性 |
| 懸念していたこと | 手数料高騰で送金手段としての用途が失われること | データ量増大で個人がノードを維持できなくなること |
| 中心的な支持層 | 大手採掘事業者、一部の決済関連企業 | 中核開発者、ノード運用者の多く |
拡大派の言い分は明快です。デジタル現金として設計されたはずのものが、手数料の高さで少額決済に使えなくなるなら本末転倒だ、というものでした。一方の維持派は、ブロックを大きくすればブロックチェーン全体の容量が加速度的に膨張し、取引を自力で検証できるのは大規模なデータセンターを持つ事業者だけになると反論します。検証を他人に任せた瞬間、第三者を信頼しなくてよいという性質が失われる、というわけです。
維持派が示した技術的な答えが、署名データをブロックの本体から切り離して扱う改良と、その上で少額決済を即時に処理する専用の決済網でした。基盤となるチェーンは決済の最終確定だけを担い、日常の細かいやり取りは上の層でまとめて処理する。この二層構造の考え方が、その後の方向性を決めることになります。
二度の合意と、二度の決裂
2016年 香港での合意
2016年、主要な採掘事業者と開発者が香港に集まり、署名データの分離を実装したうえでブロックサイズも2MBへ引き上げるという妥協案に合意しました。しかし、この合意は文書の解釈と実装の優先順位をめぐって履行されず、双方に不信だけが残ります。
2017年 ニューヨークでの合意
翌2017年、業界の主要企業が改めて集まり、署名データの分離を先に有効化し、その数か月後にブロックサイズを2MBへ引き上げるという二段階の合意に至りました。ハッシュパワーの大半を握る事業者が名を連ねた、強力に見える合意です。
ところがこの合意には、ノードを運用する一般ユーザーや中核開発者の多くが参加していませんでした。企業間の取り決めでプロトコルを変更できるのか、という反発が広がります。並行して、採掘者の賛同を待たずにユーザー側のノードが新ルールを強制する対抗策が準備され、期限を切って圧力がかけられました。採掘者の同意ではなく、ノードを動かす側が最終決定権を持つという主張が、実力行使のかたちで示されたのです。
2017年8月1日
結果として、署名データの分離は予定どおり有効化されました。しかしブロックサイズ拡大を求める陣営は合意の履行を待たず、2017年8月1日に独自のルールでチェーンを分岐させます。これがビットコインキャッシュの誕生でした。そして同年11月、二段階目の2MB引き上げは支持を得られず中止されます。合意は、二度とも崩れたことになります。
勝敗を分けた3つの要因
分裂時点で、拡大派は相当なハッシュパワーと資本を握っていました。それでも、市場評価という点で優位を確立できなかった理由は主に3つに整理できます。
第一に、名前とネットワーク効果です。既存の取引所やウォレット、決済サービス、そして何より一般利用者が「ビットコイン」と呼び続けたのは分岐しなかった側でした。プロトコルは複製できても、10年近く積み上げられた認知と流動性は複製できません。
第二に、容量を増やしても需要が伴わなかったことです。ブロックを大きくしても、そこを埋める取引が集まらなければ空席が増えるだけです。分裂後のビットコインキャッシュのブロックは、拡大した上限に対して大きく余裕を残す状態が続きました。混雑は容量不足だけでなく、需要がどこに集まるかの問題でもあった、ということです。
第三に、拡大派の内部も一枚岩ではなかった点です。2018年11月、ビットコインキャッシュはさらに二つに分裂し、2020年にもまた分岐が生じました。「ブロックを大きくすべきだ」という一点で結束していた陣営は、その先の設計思想を共有していなかったのです。分裂という手段を一度選んだ集団は、次の対立でも同じ手段を選びやすくなります。
この論争が残した教訓
技術的な副産物として、分岐時に片方のチェーンの取引がもう片方でも有効になってしまう再送攻撃を防ぐ仕組みが実装されました。これ以降のフォークでは、この防御が事実上の標準になっています。
より本質的な教訓は、統治のあり方です。ビットコインのルール変更は、多数決でも投票でもなく、参加者が自発的にどのソフトウェアを動かすかという選択の集積で決まります。採掘者は取引の順序を決められますが、ルールそのものを書き換える権限は持ちません。技術解説カテゴリでも触れているとおり、この分散した拒否権こそが、変更を極端に遅く保守的にする一方で、少数の当事者による乗っ取りを防いでいます。
投資判断の観点では、フォークによって生まれた資産をどう扱うかも実務的な論点になります。分裂時にビットコインを保有していた人には、同量のビットコインキャッシュが割り当てられました。日本では現在も国内取引所での取扱いがあり、コインチェックなど複数の事業者が対応しています。受け取ったフォーク資産の税務上の扱いは判断が分かれやすい領域なので、税金ガイドを確認したうえで、必要なら専門家に相談してください。アルトコイン関連の記事でも派生チェーンの位置づけを整理しています。
よくある質問(FAQ)
ビットコインキャッシュはビットコインの偽物なのですか
技術的には、どちらも2017年8月以前の同じ取引履歴を共有する正当な派生チェーンです。偽物か本物かという枠組みではなく、同じ出発点から異なる設計方針を選んだ別のネットワークだと理解するのが正確です。ただし市場での評価、開発者の層、対応サービスの数には大きな差が生まれており、それが現在の位置づけを規定しています。
分裂したとき、ビットコインを持っていた人はどうなったのですか
分岐時点の残高に応じて、同量のビットコインキャッシュが新チェーン上に割り当てられました。ただし実際に受け取れたかどうかは、保管場所によります。自分で秘密鍵を管理していた人は取り出せましたが、取引所に預けていた場合は、その事業者が対応を表明したかどうかに依存しました。付与を保証しない事業者もあった点は、資産の置き場所を考えるうえで示唆的です。
ブロックサイズを大きくすれば手数料は安くなるのではないですか
短期的には席が増えるので入札競争は緩みます。ただし需要が増えれば同じ混雑が再来し、そのたびに拡大が必要になります。また容量拡大はデータ量の増加を通じてノード運用の負担を高め、参加者の裾野を狭める副作用を伴います。この副作用をどこまで許容するかが、当時の論争の中心でした。
今後また同じような分裂は起きますか
可能性は残りますが、条件は当時より厳しくなっています。2017年以降の大型アップデートは、対立を避けて広い合意を得る形で進められてきました。また過去の分裂で、名前と流動性を伴わない新チェーンが定着しにくいことが示された影響も大きいでしょう。フォークの噂を耳にしたときは、誰が支持しているのかと、既存のサービスが対応を表明しているかを確認するのが実際的です。分裂を口実にした資産送付の要求は詐欺の典型なので、詐欺の見分け方もあわせて確認してください。
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