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2020年前後に広く共有されたストックフロー(S2F)モデルのチャートは、2021年末のビットコイン価格として10万ドル前後の水準を示す線を描いていました。実際の2021年末の価格は4万ドル台後半にとどまり、翌2022年には2万ドルを割り込む場面もありました。この差をもって「S2Fは崩壊した」という言い方が定着しています。
ただ、モデルそのものが誤りだったのか、それとも適用できる範囲を超えて使われただけなのかは、SNSの短い言い切りを追っているだけでは判断がつきません。この記事では、S2Fが何を計算しているモデルなのか、どの局面で当たり、どこで外れたのか、そして統計の観点からどこを批判されているのかを順に整理します。
読み終える頃には、「S2Fはまだ生きている」「とっくに死んだ」というどちらの主張を見ても、その根拠がモデルのどの部分に触れているのかを自分で切り分けられるようになります。公開されているモデルの定義と、プロトコルに書かれた供給スケジュール、そして半減期ごとの実際の値動きを突き合わせて整理しました。順に見ていきましょう。
ストックフローモデルは何を計算しているのか
ストックフロー(Stock-to-Flow、以下S2F)比とは、すでに存在する総量(ストック)を、1年間に新しく生まれる量(フロー)で割った値です。もともとは金や銀といった商品の希少性を測るために使われてきた考え方で、それをビットコインに当てはめたのが、匿名のアナリストとして知られるPlanB氏が2019年に公開したモデルでした。
計算式そのものは驚くほど単純
ビットコインの流通量は2026年時点でおよそ1,900万枚台、年間の新規発行はおよそ16万枚台です。単純に割ると、S2F比は120前後という水準になります。金のS2F比は一般に60前後とされているため、数字の上ではビットコインのほうが新たに増えにくい状態にある、ということになります。
半減期がS2F比を階段状に押し上げる
ビットコインの新規発行は、およそ4年に一度の半減期で半分になります。分母が半分になれば、S2F比はおよそ2倍に跳ね上がります。つまりS2F比はなだらかに上がるのではなく、4年ごとに階段を一段のぼるように動きます。モデルは、このS2F比の対数と時価総額の対数の間に強い相関がある、という回帰式から将来の価格帯を描き出していました。
S2Fが「当たっている」と言われた局面
公開当時、モデルは2020年5月の半減期のあとに大きな上昇が来ることを示していました。実際に2020年後半から2021年前半にかけて価格は数倍になり、2021年4月には6万ドルを超える場面がありました。方向としては、モデルの線と実際の値動きが一致していたわけです。
さらに説得力を与えたのが、過去のサイクル高値との位置関係でした。2013年末、2017年末という2度の高値が、チャート上ではモデルの線の近くに並びます。ただしこれは過去のデータに合わせて引いた線の上に、その過去のデータが乗っているという当たり前の構図でもあります。この点はあとで改めて触れます。
外れた局面と、「崩壊」と呼ばれるようになった経緯
2021年後半からの乖離
価格は2021年11月の6万ドル台後半を高値に反落し、その年の年末は4万ドル台後半で終えました。派生版として提示されていた床値のモデルでは、2021年のうちに10万ドルを超える水準が想定されていましたが、そこには届きませんでした。
2022年の下落で決定的に
2022年に入ると価格は2万ドルを割り込む局面まで下げ、モデルが示す水準との差は1年以上にわたって開いたままになりました。統計モデルとしては、想定していた予測の幅から長期間はみ出し続けた状態です。この時期に「S2Fは崩壊した」という評価が広まりました。
一方で、その後2024年から2025年にかけて価格が10万ドルを超える水準に到達したことから、「価格の水準ではなく、到達する時期がずれただけだ」という反論も残っています。ここは立場が割れたままで、決着しているとは言えません。
統計面での批判——なぜ当てはまりが良く見えたのか
S2Fへの批判は感情的なものではなく、回帰分析の作法に関わる具体的な指摘が中心です。主な論点は次の4つに整理できます。
- 見せかけの回帰:時間とともに単調に増えていく2つの系列を回帰すると、両者に因果関係がなくても当てはまりの良さを示す数値が高く出やすい、という性質があります。S2F比も価格も右肩上がりであるため、この罠にかかりやすいと指摘されています。
- 対数軸の見え方:縦軸を対数で描くと、実際には数倍の誤差でも、チャート上ではわずかなズレにしか見えません。
- サンプルの少なさ:半減期はこれまで数回しか起きていません。段差が数個しかないデータから、将来を外挿していることになります。
- 需要側が式に入っていない:S2Fはあくまで供給側だけの指標です。金利、規制、現物ETFへの資金流入、信用の収縮といった需要側の要因は一切考慮されません。
特に4つ目は本質的です。価格は供給と需要の両方で決まるのに、片側だけの変数から価格そのものを導いている。ここがモデルの構造的な弱点だとされています。
他の指標と並べて位置づけを確認する
S2Fを使えないと切り捨てる前に、他の指標が何を見ているのかと並べてみると、それぞれの役割の違いがはっきりします。
| 指標 | 見ているもの | 得意な場面 | 弱点 |
|---|---|---|---|
| ストックフロー(S2F) | 供給の希少性 | 長期の供給構造の把握 | 需要を含まず、価格の予測には向かない |
| MVRV | 時価総額と実現価格の比 | 過熱と冷え込みの目安 | 水準の解釈が主観的になりやすい |
| ハッシュレート | 採掘に投じられる計算資源 | ネットワークの安全性 | 価格との関係は間接的 |
| 金利や流動性などの外部環境 | 資金の出入り | サイクルの転換点 | 数値化しにくく、遅れて表れる |
こうして並べると、S2Fは価格を当てるモデルではなく、供給側の背景を測る物差しとして位置づけるのが妥当だと分かります。ビットコインの基礎から整理し直したい方は、ビットコインの解説記事もあわせて確認してみてください。
それでも希少性の視点が残す価値
モデルの価格予測が外れたことと、その土台にある事実が崩れたことは別の話です。ビットコインの発行スケジュールが最初から確定していて、誰にも簡単には変更できないという性質そのものは変わっていません。年間の新規供給が半減期のたびに減っていくという構造も、プロトコルに書かれたとおりに進んでいます。
変わったのは、その構造から「いつ、いくらになるか」を逆算できるという期待のほうです。希少性は価格が上がるための必要条件になり得ても、十分条件にはならない。S2Fの10年近い実績が示したのは、おそらくこの一点です。
投資判断に落とし込むときの3つの姿勢
- ひとつのモデルだけで売買のタイミングを決めない。想定が外れたときにどうするかの基準を、先に決めておきます。
- 時間を分散する。一度に投じるのではなく購入時期を分けることで、モデルの誤差そのものを吸収できます。
- 保有量が増えたら保管方法を見直す。取引所に置いたままにせず、ハードウェアウォレットへの移動も検討します。
積立で時間分散を実践する場合、手数料の体系は取引所ごとに差があります。コインチェックやGMOコインなど、実際に使う予定の取引所の公式ページで、販売所と取引所のどちらを経由するのか、積立時の費用がどう扱われるのかを確認してください。手数料や仕様は改定されることがあるため、申し込みの前に最新の公式情報を確認するのが確実です。はじめての方は仮想通貨の始め方ガイドから順に進めるとつまずきにくくなります。
よくある質問(FAQ)
ストックフローモデルは今も使われているのですか?
チャートの共有は続いていますが、価格予測の根拠として無条件に引用されることは以前より減っています。供給構造を説明する補助的な図として使われる場面が多くなった、というのが実際のところです。
S2Fが外れたのは、半減期の効果自体がなくなったからですか?
そう断定はできません。新規供給が減ること自体は、プログラムに書かれたとおりに起きています。ただし市場全体の規模が大きくなるほど、新規供給が売買代金に占める割合は相対的に小さくなり、影響が見えにくくなるという説明が一般的です。
金のS2F比と比べる意味はありますか?
希少性の度合いを同じ物差しで比べられる点には意味があります。ただし金には宝飾や工業といった実需があり、ビットコインにはそれがありません。同じS2F比でも価格の決まり方が違うため、そのまま価値の比較には使えないとされています。
S2Fの代わりに何を見ればよいですか?
ひとつに絞るより、供給側(半減期や発行量)、市場側(実現価格やMVRV)、外部環境(金利や規制)の3層をそれぞれ見るほうが安全です。利益が出た場合の扱いについては仮想通貨の税金ガイドもあわせて確認しておくと、判断に迷いにくくなります。
免責事項:本記事は一般的な情報提供を目的としており、投資助言ではありません。最新の情報は公式情報をご確認ください。