「流動性プールに参加したのに、なぜか資産が減っている」
DeFiで流動性を提供した多くのユーザーが経験するこの現象が、「非永続的損失(Impermanent Loss:IL)」です。手数料収益でカバーできる場合もありますが、理解しないままに高ボラティリティの資産ペアに参加すると、思わぬ損失を被ることがあります。
この記事では、非永続的損失の定義から発生の仕組み、具体的な数値計算、実際に損失がどの程度になるかのシミュレーション、そして損失を抑える基本的な戦略まで、丁寧に解説します。数式が苦手な方にもわかりやすく説明しますので、ぜひ最後まで読んでみてください。
目次
- 非永続的損失とは何か
- 非永続的損失が発生する仕組み(AMMと価格変動の関係)
- 非永続的損失の計算式
- 価格変動別シミュレーション表
- 非永続的損失が「非永続的」と呼ばれる理由
- 手数料収益との収支バランスを考える
- 非永続的損失を抑える基本戦略
- まとめ
- よくある質問(FAQ)
1. 非永続的損失とは何か
定義と「非永続的」の意味
非永続的損失(Impermanent Loss)とは、流動性プールに資産を預けた際に、単純に資産を保有し続けた場合(HODL)と比較したときに生じる価値の差(損失)を指します。
「非永続的」と呼ばれる理由は、この損失が「確定した損失」ではなく、プールに資産を預けている間は「含み損」に近い状態だからです。預けた2つの資産の価格比率が預け入れ時と同じ水準に戻れば、損失は解消(消滅)します。
しかし実際には、価格比率が戻るまで待つのか、それとも損失が拡大する前に引き出すのかという判断が常に求められます。
HODLとの比較で考える
非永続的損失は「絶対的な損失」ではなく、「流動性を提供しなかった場合と比べた相対的な損失」です。
つまり、プールに参加した結果、資産全体の価値が増加していても、そのまま保有しておいた場合よりも価値が低い状態が「非永続的損失が発生している状態」です。
2. 非永続的損失が発生する仕組み
AMM(定数積公式)による価格調整メカニズム
流動性プールはAMMの「x × y = k」という定数積公式で動作します(前回記事参照)。この仕組みにより、一方の資産の価格が上昇すると、アービトラージャーがその資産をプールから買い、代わりに下落した資産をプールに入れます。
この裁定取引が繰り返されることで、プール内の資産比率は常に変化し続けます。LPが引き出す際には、最初に預けた比率ではなく、その時点のプール比率に応じた量の資産が返されます。
具体例:ETH価格が2倍になったケース
わかりやすい例で説明します。
【前提】ETH/USDCプールに1ETH(1ETH = 10万円)と10万円のUSDCを預けたとします。合計資産価値は20万円です。
【ETH価格が2倍(20万円)になった場合】
AMMの定数積公式に従い、プール内のETHとUSDCの比率が自動調整されます。計算すると、引き出し時のETH量は約0.707ETH、USDC量は約14.14万円となります。
- 流動性提供後の資産価値:0.707ETH × 20万円 + 14.14万円 = 約28.28万円
- そのまま保有した場合:1ETH × 20万円 + 10万円 = 30万円
- 非永続的損失:30万円 − 28.28万円 = 約1.72万円(約5.7%)
ETHが2倍になったにもかかわらず、HODLと比べて約5.7%の損失が発生していることがわかります。
3. 非永続的損失の計算式
IL率の公式
価格変動率をrとすると、非永続的損失率(IL)は以下の式で計算できます。
IL = 2√r / (1+r) − 1
ここでrは、「プールに預けた後の価格比率の変化率」です。
例えば、ETHがUSDCに対して2倍(r=2)になった場合:
IL = 2√2 / (1+2) − 1 = 2×1.414 / 3 − 1 = 2.828 / 3 − 1 ≈ −0.0572(約−5.7%)
価格が下落した場合も損失は発生する
注意すべきは、価格が「上昇した場合」だけでなく「下落した場合」にも非永続的損失は発生するという点です。
ETHが半分(0.5倍)になった場合:
IL = 2√0.5 / (1+0.5) − 1 = 2×0.707 / 1.5 − 1 = 1.414 / 1.5 − 1 ≈ −0.0572(約−5.7%)
2倍上昇と2分の1下落で、IL率は同じになります。損失は価格変動の方向ではなく、変動の幅によって決まります。
4. 価格変動別シミュレーション表
価格変動倍率とIL率の関係
| 価格変動倍率 | 非永続的損失率 | 備考 |
|---|---|---|
| 変化なし(1倍) | 0% | 損失なし |
| 1.25倍 or 0.8倍 | 約0.6% | 小幅変動では損失は軽微 |
| 1.5倍 or 0.67倍 | 約2.0% | 少し意識が必要なレベル |
| 2倍 or 0.5倍 | 約5.7% | 要注意レベル |
| 3倍 or 0.33倍 | 約13.4% | 大きな損失になりうる |
| 4倍 or 0.25倍 | 約20.0% | 手数料でカバーが難しい |
| 5倍 or 0.2倍 | 約25.5% | 非常に大きな損失 |
| 10倍 or 0.1倍 | 約42.5% | HODLとの差が致命的になる |
シミュレーションのポイント
価格変動が大きいほどILも急増することがわかります。特にボラティリティの高いアルトコインペアで流動性を提供する場合、価格が10倍になるとHODLと比べて約42.5%の損失が発生します。
このため、高ボラティリティペアへの参加は手数料収益との綿密な試算が不可欠です。
5. 非永続的損失が「非永続的」と呼ばれる理由
価格が戻れば損失は消える
仮にETHが一時的に2倍になった後、元の価格に戻ったとします。この場合、プール内の資産比率も元に戻るため、引き出し時の非永続的損失はゼロになります。これが「非永続的(Impermanent)」と呼ばれる理由です。
引き出した瞬間に「永続的損失」に変わる
一方、価格が戻る前に流動性を引き出した場合、その時点でのILは「確定した損失」になります。つまり、引き出すタイミングが非常に重要です。
「非永続的」という名称は、ある意味では投資家に楽観的な期待を持たせる側面があるとも言えます。実際には価格が元に戻るとは限らないため、常にリスクとして意識することが大切です。
6. 手数料収益との収支バランスを考える
ILを手数料収益でカバーできるか
流動性プール参加の可否は「手数料収益がILを上回るかどうか」が判断基準のひとつです。
取引量の多い人気プールでは年率10〜50%以上の手数料収益が得られるケースもあります。一方、取引量が少ないプールでは手数料収益がILをカバーできず、最終的にHODLよりも資産が減る可能性があります。
収益性の試算方法
参加前に以下を試算することを推奨します。
- 過去の取引量・APR(年利)の確認(DeFiLlamaやプロトコル公式ダッシュボードで確認可能)
- 資産ペアの過去ボラティリティ確認(高ボラほどILリスク大)
- 想定保有期間内のILと手数料収益の試算
ステーブルコインペアが有利な理由
USDT/USDCなどのステーブルコインペアは価格変動がほぼゼロのため、非永続的損失が発生しません。手数料収益がほぼ純益として残るため、安定的な運用を求めるLPに向いています。
7. 非永続的損失を抑える基本戦略
戦略1:ステーブルコインペアの選択
最もシンプルな対策です。価格変動のないステーブルコイン同士のペアではILは発生しません。CurveやBalancerのステーブルプールが代表例です。
戦略2:価格相関の高いペアを選ぶ
stETH/ETH(ETHとステーキングETH)のように、価格が連動する傾向にあるペアもILを抑えやすいです。一方、BTCとETHのように別々のアセットのペアはILリスクが相対的に高まります。
戦略3:集中流動性で価格レンジを狭める
Uniswap v3の集中流動性を使い、現在価格近辺の狭いレンジに流動性を集中させることで手数料効率を高めます。ただし価格がレンジ外に出ると手数料が発生しなくなるため、定期的な調整が必要です。
戦略4:オプションやデリバティブでヘッジする
プールに預けた資産のいずれかに対してオプション(プット/コール)を購入し、非永続的損失を相殺する戦略も存在します。ただし、ヘッジコストが手数料収益を上回る場合は本末転倒になります。詳しくはヘッジ戦略の専門記事で解説します。
まとめ
非永続的損失についてまとめます。
- 非永続的損失とは、流動性プール参加時にHODLと比べて生じる相対的な損失
- AMMの定数積公式により、価格比率の変化が大きいほどILは増大する
- 計算式はIL = 2√r / (1+r) − 1 で、価格が2倍になると約5.7%の損失
- 価格が上昇・下落どちらの方向でもILは発生する
- 引き出す前に価格が戻れば損失は消えるが、引き出した時点で確定損失になる
- 手数料収益でILをカバーできるかどうかが参加判断の重要な基準
- ステーブルコインペアや価格相関の高いペアはILリスクが低い
非永続的損失はDeFi参加において避けられないリスクのひとつですが、仕組みを正しく理解したうえで適切なペアとタイミングを選ぶことで、リスクを管理しながら流動性提供に参加することができます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 非永続的損失は必ず発生しますか?
同一ステーブルコイン同士のペア(例:USDT/USDC)では価格変動がほぼゼロのため、実質的にILは発生しません。ただし、異なる資産を組み合わせたペアでは、価格変動の程度に応じてILが発生します。
Q2. 手数料収益でILが完全にカバーされることはありますか?
取引量の多い人気プールでは、手数料収益がILを上回り、トータルで利益になるケースもあります。ただし、これは価格変動の幅と取引量のバランスによって変わるため、保証はできません。
Q3. 非永続的損失の「永続的」損失との違いは何ですか?
プールに資産を預けている状態では損失は「非確定(非永続的)」です。流動性を引き出した時点でその損失が確定し「永続的」になります。また、スマートコントラクトのハッキングや詐欺による損失は最初から永続的(回収不能)な損失です。
※本記事は情報提供を目的としており、投資を推奨するものではありません。暗号資産への投資は元本割れのリスクがあります。投資判断はご自身の責任で行ってください。価格データ・統計は過去の実績であり、将来の結果を保証するものではありません。