「流動性プールの収益は魅力的だけど、非永続的損失が怖い」
この問題を解決するアプローチのひとつが、オプションやデリバティブを使ったヘッジ戦略です。金融の世界では伝統的な手法ですが、DeFiの普及とともに暗号資産市場でも積極的に活用されるようになっています。
この記事では、ヘッジの基本概念から、非永続的損失を対象としたオプション戦略の具体的な実装方法、コスト対効果の考え方、DeFiネイティブのヘッジプロトコルまで、わかりやすく解説します。
目次
- ヘッジとは何か:基本概念の整理
- 非永続的損失をヘッジする必要性
- オプションによる基本的なヘッジ戦略
- デルタヘッジとガンマリスクの概念
- ストラドル・ストラングル戦略による双方向ヘッジ
- DeFiネイティブのヘッジプロトコル紹介
- ヘッジコスト対非永続的損失の収支試算
- まとめ
- よくある質問(FAQ)
1. ヘッジとは何か:基本概念の整理
ヘッジの定義
ヘッジ(Hedge)とは、保有する資産のリスクを相殺するために、反対方向のポジションや金融商品を組み合わせる手法です。保険に似た概念で、ヘッジによってリターンの最大値は下がりますが、損失の最大値も抑制できます。
「リスクとリターンのトレードオフ」が基本原則であり、完全なヘッジは理論上は可能ですが、コストが高くなる傾向があります。
非永続的損失におけるリスクの構造
流動性プールのLPが直面するリスクは主に「資産の価格比率の変化」です。ETH/USDCプールに参加したLPは、ETH価格が大きく上昇・または下落するほどILが拡大します。
この「価格比率の変化」に対してヘッジをかけることが、ILヘッジ戦略の本質です。
2. 非永続的損失をヘッジする必要性
ヘッジが有効なケース
全ての流動性提供者にヘッジが必要というわけではありません。特に有効なケースは以下の通りです。
- 大きな資金を流動性プールに預けている場合(数百万円以上)
- 短期間での流動性提供を計画しており、価格変動リスクを取りたくない場合
- 高ボラティリティのアルトコインペアに参加する場合
- 資金の元本保全を優先する場合
ヘッジが不要になりうるケース
- ステーブルコインペアのみに参加しており、ILがほぼゼロの場合
- 手数料収益とインセンティブが十分に高く、ILを大幅に上回る場合
- 長期保有を前提とし、価格回帰を待てる余裕がある場合
3. オプションによる基本的なヘッジ戦略
オプションの基礎知識
オプションとは、「あらかじめ決めた価格(行使価格)で資産を買う・売る権利」を売買する金融商品です。
- プットオプション(Put Option):価格が下落した場合に利益が出る(下落保険)
- コールオプション(Call Option):価格が上昇した場合に利益が出る(上昇保険)
オプションの買い手はプレミアム(保険料)を支払い、権利を持ちます。価格が想定方向に動かなかった場合は、プレミアムが損失になります。
ETH/USDCプールへの応用例
ETH/USDCプールに参加する際、ILのリスクは「ETH価格の大幅な上昇または下落」です。これをヘッジするには:
- ETH価格下落ヘッジ:ETHのプットオプションを購入する。ETHが大きく下落した場合のILをプット利益で相殺できる
- ETH価格上昇ヘッジ:ETHのコールオプションを売却(ショート)するか、USDCのプットを購入する
ETHが2倍になった場合のIL約5.7%を補うには、現在価格の2倍の行使価格のコールを売却することで対応できますが、ETHがさらに上昇した際の利益機会を失うトレードオフが生じます。
暗号資産オプション取引所
暗号資産のオプション取引が可能な主な場所として、Deribit(海外・主要なビットコイン・ETHオプション取引所)、Bybit・OKX(海外・オプション機能あり)、DeFiのオプションプロトコル(後述)があります。ただし、海外取引所の利用は日本の規制に抵触する場合があるため、利用前に最新の規制状況を確認することを推奨します。
4. デルタヘッジとガンマリスクの概念
デルタとは
デルタ(Delta)は、原資産(例:ETH)の価格が1単位変動したときに、オプションの価値がどれだけ変動するかを表す指標です。
例えば、ETHプットオプションのデルタが−0.5なら、ETHが1万円下がると、そのオプションの価値は5,000円上がります。
デルタヘッジの仕組み
デルタヘッジとは、ポジション全体のデルタがゼロになるように、原資産とオプションを組み合わせて調整する手法です。理論上は完全なヘッジが可能ですが、ETH価格が動くたびにデルタが変化するため、継続的な調整が必要です(これをダイナミックヘッジといいます)。
ガンマリスク
ガンマ(Gamma)はデルタの変化率を表します。ガンマが高い状態ではETH価格が少し動いただけでデルタが大きく変わるため、頻繁なリバランスが必要になります。これがコスト増加の要因となります。
流動性プールのILも、実はオプションのガンマポジションに近い特性があることが知られており、「LPはガンマをショートしている」と表現されることもあります。
5. ストラドル・ストラングル戦略による双方向ヘッジ
ストラドル戦略
ストラドル(Straddle)は、同じ行使価格のコールとプットを両方購入する戦略です。ETH価格が大きく上昇しても下落しても利益が出るため、「方向性を問わない大きな価格変動へのヘッジ」として活用できます。
ILは価格が上昇しても下落しても発生するため、ストラドルはILのプロファイルに対応するヘッジとして理論的に有効です。
ストラングル戦略
ストラングル(Strangle)は、現在価格より少し外側のコールとプットを購入する戦略です。ストラドルよりもプレミアムが安く済む一方、価格変動が小さい場合は利益が出ません。
流動性プールのILは価格変動が大きいほど増大するため、コストを抑えながら大きな価格変動に対してのみヘッジをかけたい場合はストラングルが適しています。
コスト試算の考え方
例えば、ETH価格が±50%動く確率を考慮して、その範囲のヘッジコスト(プレミアム)を試算します。期待されるIL(price変動50%なら約11%)と比較して、プレミアムがそれ以下なら理論上はヘッジが有効です。
6. DeFiネイティブのヘッジプロトコル紹介
Panoptic
Panopticは「手数料なし・期限なしのオプション」をDeFiネイティブで実現するプロトコルです。Uniswap v3の流動性ポジションを活用してオプションを合成するユニークな仕組みで、LP向けのヘッジ手段として注目されています。
Dopex・Rysk Finance
Dopex・Rysk Financeはイーサリアム上のDeFiオプションプロトコルです。ETHやBTCのオプションをオンチェーンで取引でき、ウォレット接続だけで利用可能です。流動性はまだ発展途上ですが、プレミアムの透明性が高い点が特徴です。
GMX・Gains Network(パーペチュアル)
GMXやGains Networkはパーペチュアル先物(永久先物)を提供するDeFiプロトコルです。ETHのショートポジションを建てることで、ETH価格下落時のILをヘッジする用途に活用できます。ただし、ファンディングコスト(保有コスト)が発生するため、長期保有時のコストに注意が必要です。
7. ヘッジコスト対非永続的損失の収支試算
試算例:ETH/USDCプールでのオプションヘッジ
仮定:100万円をETH/USDCプールに預ける。ETHの30日インプライドボラティリティ(IV)が80%。1ヶ月のATMストラドル購入コスト(概算)は約10〜15%程度(IVとプレミアム計算による)。
一方、1ヶ月間でETH価格が±50%動いた場合のILは約11%。プレミアムが11%以下なら理論上はヘッジが有効ですが、実際には10〜15%程度のコストが想定されます。
この場合、ヘッジコストがIL期待値とほぼ同等かやや高い水準になります。つまり「ヘッジは保険料が実損に見合うかどうか」の判断が必要です。
ヘッジが有効なケースと非有効なケース
| 状況 | ヘッジ有効性 | 理由 |
|---|---|---|
| 高IVの高ボラペア+低手数料APR | 検討の余地あり | ILが大きくなる可能性が高い |
| 低IVのBTC/ETH+高手数料APR | 不要な場合多い | 手数料でILをカバーできる |
| ステーブルコインペア | 不要 | ILがほぼゼロ |
| 大口(数千万円超)のポジション | 有効 | ILの絶対額が大きい |
まとめ
非永続的損失のヘッジ戦略についてまとめます。
- ヘッジとは反対方向のポジションで損失を相殺する手法。リスクとリターンのトレードオフが基本
- ILのリスクは「価格比率の変化」であり、プット・コールオプションで対応できる
- ストラドル・ストラングルは方向性を問わない大きな価格変動ヘッジとして有効
- デルタヘッジは理論上完全なヘッジを実現できるが、継続的な調整コストが必要
- DeFiネイティブのオプション(Panoptic・Dopex等)はウォレット接続だけで利用可能
- ヘッジコストがIL期待値を下回る場合に有効。大口ポジションほど効果的
ヘッジ戦略はすべてのLPに必須ではありませんが、大きな資金を運用する場合や高ボラティリティペアに参加する際は、コストを計算したうえで導入を検討してみてください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 初心者でもILのヘッジはできますか?
オプション取引はある程度の知識が必要です。まずはオプションの基本概念(プット・コール・プレミアム・行使価格)を理解することから始めることをおすすめします。DeFiのオプションプロトコルは直感的なUIを持つものも増えていますが、損失リスクも存在するため、仕組みの理解が先決です。
Q2. ヘッジをかければ必ず損失を防げますか?
完全なヘッジは理論上可能ですが、現実にはコスト・スリッページ・流動性の問題があります。また、ヘッジ自体もオプションプレミアムという形でコストが発生するため、「保険料に見合う保護が得られるか」を常に評価する必要があります。
Q3. パーペチュアル先物でのヘッジとオプションヘッジの違いは何ですか?
パーペチュアル先物は方向性(上昇 or 下落)を選んでポジションを取るため、どちらか一方のリスクしかヘッジできません。オプションは権利であるため、プットとコールを組み合わせることで双方向のリスクをヘッジできます。ILは双方向に発生するため、オプションの方が理論的に適しています。
※本記事は情報提供を目的としており、投資を推奨するものではありません。暗号資産への投資は元本割れのリスクがあります。投資判断はご自身の責任で行ってください。価格データ・統計は過去の実績であり、将来の結果を保証するものではありません。