暗号資産市場の取引量は本当に信用できるのでしょうか。ある調査では、暗号資産取引所が報告する取引量のうち、相当な割合が「ウォッシュトレード(仮装売買)」によって水増しされているという指摘があります。自分で売って自分で買う——この一見無意味に見える行為が、暗号資産市場では深刻な問題として繰り返し浮上してきました。
ウォッシュトレードだけではありません。パンプ&ダンプ(価格の吊り上げと売り抜け)、スプーフィング(見せ板)、フロントランニング、そしてインサイダー取引に類する行為まで、暗号資産市場ではさまざまな形態の市場操作が存在しています。従来の株式市場や商品市場では厳しく規制されているこれらの行為が、暗号資産の世界では法的なグレーゾーンに置かれている場合も少なくありません。
しかし、規制環境は急速に変化しています。各国の規制当局は暗号資産市場の不正取引に対する取り締まりを強化しており、EUのMiCAのように市場操作を明確に禁止する包括的な規制も登場しています。ブロックチェーン分析技術の進歩により、不正取引の検知能力も年々向上しています。
この記事では、暗号資産市場における主要な市場操作の手口とその実態、規制の現状と動向、そして投資家がこれらのリスクからどう身を守るかについて、8つの章に分けて詳しく解説していきます。
目次
1. ウォッシュトレードとは何か——基本概念と仕組み
1-1. ウォッシュトレードの定義
ウォッシュトレード(Wash Trading)とは、同一人物または組織が同じ資産の売り手と買い手の両方を演じることで、実質的な所有権の移転を伴わない取引を繰り返す行為です。日本語では「仮装売買」とも呼ばれます。
この行為の目的は主に以下のとおりです。
- 取引量の水増し: 取引所やトークンの取引量を実態以上に大きく見せかけることで、流動性が高いという印象を与える
- 価格操作: 特定の価格帯で売買を繰り返すことで、人為的に価格の方向性を作り出す
- ランキングの操作: 取引量に基づくランキング(CoinMarketCapなどのデータアグリゲーター)での順位を上げる
- マイニング報酬の獲得: 一部の取引所やDeFiプロトコルでは、取引量に応じてトークン報酬が配布されるため、ウォッシュトレードによって報酬を不正に獲得する
1-2. 伝統的金融市場との比較
ウォッシュトレードは暗号資産特有の問題ではありません。伝統的な金融市場においても古くから存在し、厳しく規制されてきた不正行為です。
米国では、1936年の商品取引所法(Commodity Exchange Act)でウォッシュトレードが明確に禁止されています。株式市場においても、証券取引法(Securities Exchange Act of 1934)の下でウォッシュトレードは違法とされています。
日本では、金融商品取引法第159条が「仮装売買」を禁止しており、違反した場合は10年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金、またはその併科と定められています。
しかし、暗号資産に対するこれらの規制の適用は、国や暗号資産の法的分類によって大きく異なります。暗号資産が「証券」として分類される場合は証券規制が適用されますが、「コモディティ」や「支払い手段」として分類される場合は、必ずしもウォッシュトレードを禁止する明確な法的根拠があるとは限りません。
1-3. なぜ暗号資産市場でウォッシュトレードが横行するのか
暗号資産市場でウォッシュトレードが特に問題となっている背景には、いくつかの構造的な要因があります。
低い取引コスト: 多くの暗号資産取引所では取引手数料が非常に低く(0.1%以下)、メーカー手数料がゼロの取引所も存在します。ウォッシュトレードのコストが低いため、大量の仮装売買を実行しても経済的な損失が小さいのです。
規制の不十分さ: 上述のとおり、暗号資産のウォッシュトレードに対する法的規制が明確でない国・地域が多く、違反した場合の制裁も十分に確立されていません。
取引量がビジネスメトリクスであること: 取引所にとって、取引量は最も重要なビジネス指標の一つです。取引量が多い取引所は新規ユーザーを引きつけやすく、トークンの上場審査でも有利に働きます。この構造が、取引所自体がウォッシュトレードを容認(あるいは推奨)するインセンティブを生んでいます。
匿名性とボットの利用: 暗号資産取引では、ボット(自動取引プログラム)を使って大量の取引を高速に実行することが容易です。KYCが緩い取引所では複数のアカウントを作成することも比較的容易であり、ウォッシュトレードの実行が技術的に簡単です。
2. 暗号資産市場におけるウォッシュトレードの実態
2-1. 取引量水増しの規模
暗号資産市場におけるウォッシュトレードの規模は、さまざまな調査機関によって推定されていますが、その結果は衝撃的なものです。
2019年にBitwise Asset Managementが米SECに提出した報告書では、CoinMarketCapに掲載されていた上位81の取引所のうち、71の取引所で取引量の約95%がウォッシュトレードであると結論づけられました。つまり、報告されている取引量の大部分が架空のものである可能性が示唆されたのです。
2023年のNBER(全米経済研究所)の論文では、規制されていない取引所の取引量の約70%がウォッシュトレードであるとの推定が示されました。一方、規制された取引所(Coinbase、Krakenなど)ではウォッシュトレードの比率は著しく低いとされています。
こうした調査結果は、暗号資産市場の「真の流動性」が、表面上の数字よりも大幅に小さい可能性を示唆しています。投資判断において取引量を参考にする場合、この点を十分に認識しておく必要があるでしょう。
2-2. NFT市場でのウォッシュトレード
ウォッシュトレードは、NFT(非代替性トークン)市場でも大きな問題となっています。
NFTマーケットプレイスにおけるウォッシュトレードは、主に以下の目的で行われています。
- 価格の吊り上げ: 自分が所有するNFTを自分の別のウォレットで高値で購入し、市場価格を人為的に引き上げる
- 取引履歴の偽装: 「多くの人が取引している人気のNFT」であるかのような印象を作り出す
- プラットフォーム報酬の獲得: 取引量に応じてエアドロップやリベートが配布されるプラットフォームで、報酬を不正に獲得する
ブロックチェーン分析企業のChainalysisの調査によると、2022年のNFT市場におけるウォッシュトレードの金額は数十億ドル規模に達したと推定されています。特にBlurなど、トレーダーインセンティブを重視するマーケットプレイスでは、インセンティブ目当てのウォッシュトレードが顕著に観察されました。
2-3. DeFiにおけるウォッシュトレード
DeFi(分散型金融)プロトコルでも、ウォッシュトレードは無視できない問題です。
多くのDeFiプロトコルは、流動性マイニングやエアドロップといったインセンティブプログラムを実施しています。これらのインセンティブが取引量や流動性提供量に連動している場合、ウォッシュトレードによって報酬を不正に獲得しようとする行為が発生します。
DEX(分散型取引所)でのウォッシュトレードは、ブロックチェーン上の公開データから検出しやすいという特徴があります。送金元と送金先のアドレスが同一人物のものであるかどうかを分析することで、ウォッシュトレードのパターンを特定できる場合があります。ただし、複数のウォレットを経由させたり、ミキシングサービスを利用したりすることで検出を困難にする手口も存在します。
3. パンプ&ダンプ——価格操作の古典的手法
3-1. パンプ&ダンプの仕組み
パンプ&ダンプ(Pump and Dump)は、市場操作の中でも最も古典的で広く知られた手法です。
基本的な仕組みは以下のとおりです。
3-2. テレグラム・パンプグループの実態
暗号資産のパンプ&ダンプは、特にTelegram(テレグラム)のグループチャットを通じて組織的に行われるケースが多く報告されています。
典型的なパンプグループの運営は以下のような流れです。
- グループの管理者が「次のパンプ対象トークン」と「実行時刻」を事前に告知する
- 指定時刻に対象トークンの名前が公開され、参加者が一斉に購入する
- 価格が急騰した直後に、管理者(事前にトークンを仕込んでいる)が売り抜ける
学術研究によると、2018年のピーク時には、Telegramだけで数百のパンプ&ダンプグループが活動していたとされています。対象となるトークンは主に時価総額が小さく、流動性が低いアルトコインであり、少額の資金でも大きな価格変動を引き起こせることが特徴です。
参加者の多くは「自分は早めに売り抜けられる」と考えていますが、実際にはグループの管理者と内部関係者のみが確実に利益を得る構造になっています。一般の参加者の大多数が損失を被るという研究結果が示されています。
3-3. SNSとインフルエンサーの影響
パンプ&ダンプは、暗号資産のインフルエンサー(影響力のある情報発信者)によって実行されるケースもあります。
2021年のNFTブームや、2023年以降のミームコインブームでは、大量のフォロワーを持つインフルエンサーが特定のトークンやNFTプロジェクトを推奨し、その後に自分の保有分を売却する事例が相次いで報道されました。
米FTC(連邦取引委員会)は、スポンサー付きの推奨であることを開示せずに暗号資産を宣伝するインフルエンサーに対する規制を強化しています。日本でも、景品表示法や金融商品取引法の観点から、暗号資産の不当な広告・推奨に対する規制が整備されつつあります。
4. スプーフィングとレイヤリング——見せ板による価格操作
4-1. スプーフィングとは
スプーフィング(Spoofing)は、実行する意図のない大量の注文を出し、他の市場参加者を欺いて価格を有利な方向に誘導する行為です。日本語では「見せ板」とも呼ばれます。
典型的なスプーフィングの流れは以下のとおりです。
4-2. レイヤリングとの違い
レイヤリング(Layering)は、スプーフィングの一形態で、複数の価格帯にわたって段階的に偽の注文を配置する手法です。
たとえば、現在の市場価格の上に、少しずつ価格を変えた大量の売り注文を「層(レイヤー)」のように積み重ねます。これにより、「強い売り圧力がある」という印象を他のトレーダーに与え、価格の下落を誘発します。価格が下がったところで操作者が買いを入れ、その後にすべての偽注文をキャンセルするという手口です。
スプーフィングが単一の価格帯での偽注文であるのに対し、レイヤリングは複数の価格帯にまたがる、より高度な操作手法と言えます。
4-3. 暗号資産市場でのスプーフィングの特徴
暗号資産市場でのスプーフィングには、いくつかの特徴があります。
API取引の容易さ: 多くの暗号資産取引所はAPI(プログラミングインターフェース)を公開しており、ボットを使った高速な注文の出し入れが容易です。これがスプーフィングの実行を技術的に簡単にしています。
24時間取引: 暗号資産市場は24時間365日稼働しているため、取引量が少ない時間帯(たとえばアジア市場とヨーロッパ市場の間の時間帯)を狙ったスプーフィングが行われやすいと考えられています。流動性が薄い時間帯ほど、少額の偽注文でも大きな影響を与えられるためです。
規制の差異: オーダーブック型の暗号資産取引所でのスプーフィングに対する法的規制は、国によって大きく異なります。伝統的な金融市場では米国のドッド・フランク法(2010年)で明確に禁止されましたが、暗号資産取引所に同じ規制が適用されるかどうかは管轄によって異なります。
5. MEVとフロントランニング——DeFi特有の問題
5-1. MEVの基本概念
MEV(Maximal Extractable Value)は、ブロックチェーンのブロック生成者(バリデーターやマイナー)が、ブロック内のトランザクションの順序を操作することで得られる利益を指します。当初は「Miner Extractable Value」と呼ばれていましたが、Ethereumのプルーフ・オブ・ステーク移行後は「Maximal Extractable Value」に改称されました。
MEVは暗号資産市場特有の現象であり、伝統的な金融市場には直接的な対応物が存在しません。ブロックチェーンのトランザクションがメモリープール(mempool)で公開的に待機し、ブロック生成者がその順序を決定できるという構造から生まれる問題です。
5-2. フロントランニングとサンドイッチ攻撃
MEVの最も一般的な形態の一つが、フロントランニングです。
フロントランニング: メモリープール内の保留中のトランザクションを監視し、有利な取引を先に実行する行為です。たとえば、DEXで大きな買い注文が保留されているのを検知した場合、その注文が実行される前に同じトークンを購入し、大口注文による価格上昇の後に売却して利益を得ます。
バックランニング: フロントランニングの逆で、特定のトランザクションの直後に取引を実行する手法です。大口取引による価格変動の直後にアービトラージ(裁定取引)を実行するケースなどが該当します。
サンドイッチ攻撃: フロントランニングとバックランニングを組み合わせた攻撃です。ターゲットの取引の「前」と「後」の両方に自分の取引を挿入することで、利益を得ます。
ターゲットが100ETHをUSDCに交換しようとしているとします。攻撃者は以下の操作を行います。
5-3. MEVの規模と影響
MEVの規模は無視できない水準に達しています。Flashbots(MEV研究・対策を行う組織)のデータによると、Ethereum上で抽出されたMEVの累計額は、2020年以降で数十億ドルに達しているとされています。
MEVは市場効率を高める側面(アービトラージによる価格の均一化など)がある一方で、一般ユーザーの取引コストを増加させるという問題も抱えています。サンドイッチ攻撃の被害者は、本来よりも不利な価格で取引を実行させられており、その差額が攻撃者の利益となっています。
Flashbotsが開発したMEV-Boostは、MEVの抽出を体系化することで「MEVの民主化」を図る試みですが、根本的な解決策とは言いがたく、MEVの問題はDeFiのアーキテクチャレベルでの対処が必要とされています。
6. インサイダー取引とトークン上場操作
6-1. 暗号資産のインサイダー取引
伝統的な金融市場では、未公開の重要情報に基づいて取引を行う「インサイダー取引」は明確に違法とされています。暗号資産市場でも類似の行為が報告されていますが、法的な位置づけは国によって異なります。
暗号資産のインサイダー取引の典型的なパターンとしては、以下のようなものがあります。
取引所上場の事前情報: 新しいトークンが大手取引所に上場されるという情報は、通常、価格に大きな影響を与えます。この情報を事前に知っている取引所の関係者やプロジェクトの内部者が、上場発表前にトークンを購入し、上場後の価格上昇で利益を得るケースが報告されています。
2022年には、Coinbaseの元プロダクトマネージャーが、トークン上場に関する内部情報を兄弟と友人に漏洩し、約150万ドルの不正利益を得た事件が摘発されました。この事件は、米国で暗号資産のインサイダー取引に対して刑事訴追が行われた初期の事例として注目されました。
プロトコルの重要な変更: DeFiプロトコルのガバナンス決定やアップグレードに関する情報は、トークン価格に影響を与える可能性があります。開発チームの内部者がこうした情報を事前に利用して取引を行うケースも理論的には起こり得ます。
6-2. トークン上場料と利益相反
暗号資産取引所がトークンの上場に際して「上場料(Listing Fee)」を徴収するという慣行も、市場の公正性に関する議論を呼んでいます。
一部の取引所では、プロジェクトがトークンを上場させるために数十万〜数百万ドルの費用を支払うことが慣行となっているとされています。この慣行は、以下のような問題を引き起こす可能性があります。
- 品質基準の歪み: 上場の判断が技術的・事業的な評価ではなく、支払い能力に基づいて行われる
- 利益相反: 取引所がトークンの上場判断と価格変動の両方に関与する立場にある
- 投資家への不公平: 上場料のコストは最終的にトークンの価格や流動性に反映され、投資家が間接的に負担する
Binanceの元CEOであるチャンポン・ジャオ(CZ)は、一部の取引所が上場料を徴収していることを公に批判してきましたが、Binance自体も上場プロセスの透明性について疑問を呈されたことがあります。
6-3. エアドロップとシビル攻撃
エアドロップ(プロトコルのユーザーに対するトークンの無料配布)は、プロジェクトの認知度向上とコミュニティ形成のための手法として広く使われています。しかし、エアドロップのルールを悪用する「シビル攻撃(Sybil Attack)」が深刻な問題となっています。
シビル攻撃では、一人のユーザーが大量のウォレットアドレスを作成し、それぞれのアドレスをエアドロップの対象となるように操作します。たとえば、「プロトコルを利用したことのあるアドレスにトークンを配布する」というルールの場合、1,000個のアドレスで最小限のトランザクションを実行すれば、1,000人分のエアドロップを受け取れることになります。
これは厳密には「市場操作」とは異なりますが、エアドロップの本来の目的(多くのユーザーに公平にトークンを配布する)を歪め、少数のシビル攻撃者に報酬が集中するという不公平を生み出しています。
7. 規制と法的枠組みの現状
7-1. 米国の規制動向
米国では、暗号資産の市場操作に対する法的対応が段階的に強化されています。
SECの姿勢: SECは、暗号資産の多くが「証券」に該当するとの立場を取っており、証券法に基づく市場操作の禁止規定(Section 9および10(b)、Rule 10b-5)を暗号資産にも適用しようとしています。ウォッシュトレードやインサイダー取引に対する訴追事例も増えています。
CFTCの対応: CFTCはビットコインを「コモディティ」として分類しており、商品取引所法に基づくスプーフィングやウォッシュトレードの禁止を暗号資産市場にも適用しています。2021年にはTether社とBitfinex社に対して、ステーブルコインの準備金に関する虚偽表示で4,250万ドルの罰金を課しました。
DOJ(司法省)の刑事訴追: 2023年には、Mango Markets(Solana上のDeFiプロトコル)を操作して約1億1,000万ドルを不正に取得したアヴラハム・アイゼンバーグが逮捕されました。この事件は、DeFiプロトコルの操作に対して刑事訴追が行われた注目すべき事例です。
7-2. EUのMiCA
EUのMiCA(Markets in Crypto-Assets Regulation)は、暗号資産の市場操作に対する最も包括的な規制枠組みの一つです。
MiCAは、以下の行為を明確に禁止しています。
- インサイダー取引: インサイダー情報に基づく暗号資産の取引・推奨・開示
- 市場操作: ウォッシュトレード、スプーフィング、価格操作を目的とした情報の流布
- インサイダー情報の不法な開示: 未公開の重要情報を権限なく第三者に開示する行為
MiCAの市場操作禁止規定は、EU域内で暗号資産サービスを提供するすべてのCASP(暗号資産サービスプロバイダー)に適用されます。違反した場合の制裁は加盟国の国内法に委ねられていますが、MiCAは「効果的で、比例性があり、抑止力のある」制裁を課すことを各国に求めています。
7-3. 日本の規制状況
日本では、暗号資産の市場操作に対する法的枠組みが段階的に整備されています。
金融商品取引法は暗号資産のデリバティブ取引に適用され、相場操縦やインサイダー取引の禁止規定が適用されます。一方、現物の暗号資産取引に対しては、金融商品取引法の市場操作禁止規定が直接適用されるかどうかについては議論があります。
JVCEAの自主規制ルールでは、暗号資産交換業者に対して「公正な取引の確保」が求められており、取引所自身によるウォッシュトレードの禁止、異常な取引パターンの監視などが義務づけられています。
2025年以降、金融庁は暗号資産の市場操作に対する規制を強化する方針を示しており、金融商品取引法の改正による暗号資産現物取引への市場操作禁止規定の適用拡大が検討されています。
8. 投資家が身を守るために知っておくべきこと
8-1. ウォッシュトレードを見分ける方法
ウォッシュトレードを完全に見分けることは難しいですが、いくつかの指標を参考にすることで、リスクを軽減できます。
取引量と流動性の乖離: 報告されている取引量が非常に大きいにもかかわらず、実際にオーダーブックの板が薄い(少額の注文でも価格が大きく動く)取引所やトークンは、ウォッシュトレードの疑いがあります。
信頼できるデータソースの利用: CoinGecko、CoinMarketCap、Kaiko、CoinMetricsなどのデータプロバイダーは、独自のアルゴリズムでウォッシュトレードを検出し、「調整後取引量」を提供しています。報告取引量と調整後取引量の差が大きい取引所は、注意が必要です。
ビッド・アスクスプレッドの確認: ビッド(買い値)とアスク(売り値)の差(スプレッド)が異常に広い場合、表示されている取引量ほどの流動性が実際には存在しない可能性があります。
8-2. パンプ&ダンプから身を守る
パンプ&ダンプの被害を避けるために、以下の点に注意することをお勧めします。
- 「確実に儲かる」情報を疑う: SNSやメッセンジャーグループで共有される「必ず上がるトークン」や「次の100倍銘柄」といった情報は、パンプ&ダンプの入り口である可能性が高いです
- 急激な価格上昇に飛びつかない: 明確な材料がないのに短時間で大幅に上昇しているトークンは、パンプ&ダンプの最中である可能性があります
- プロジェクトの実態を確認する: 投資する前に、プロジェクトのホワイトペーパー、開発チーム、技術的な実態、資金調達の状況を確認しましょう
- 時価総額と流動性を確認する: 時価総額が極端に小さいトークンは、少額の資金で価格操作が可能であるため、パンプ&ダンプのターゲットになりやすいです
8-3. MEV対策と取引の自衛策
DeFiを利用する際のMEV対策としては、以下の方法があります。
スリッページの設定: DEXで取引する際は、許容スリッページを適切に設定しましょう。スリッページ許容値が大きすぎると、サンドイッチ攻撃の利益が増え、攻撃のインセンティブが高まります。一方で、小さすぎると取引が約定しにくくなります。
MEV保護サービスの利用: Flashbots ProtectやMEVBlockerなど、MEVからユーザーを保護するサービスが存在します。これらのサービスは、トランザクションをパブリックなメモリープールを経由させずにバリデーターに直接送信することで、フロントランニングやサンドイッチ攻撃を防ぎます。
取引タイミングの工夫: ガス価格が低い時間帯に取引を行うことで、MEV攻撃者の利益が減少し、攻撃のインセンティブが低下する場合があります。
分割取引: 大口の取引は一度に実行せず、複数回に分けて実行することで、プライスインパクトとMEVのリスクを軽減できます。
まとめ
暗号資産市場における不正取引——ウォッシュトレード、パンプ&ダンプ、スプーフィング、MEV、インサイダー取引——は、市場の信頼性と公正性を損なう深刻な問題です。こうした行為は、暗号資産市場が成熟し、より多くの投資家が参加するためには、確実に対処されなければならない課題と言えるでしょう。
規制環境は着実に整備されつつあります。EUのMiCA、米国でのSECとCFTCによる取り締まり強化、日本の金融庁による規制の段階的拡大など、暗号資産市場の不正取引に対する法的枠組みは年々充実してきています。ブロックチェーン分析技術の進歩により、不正取引の検知能力も向上しています。
しかし、規制だけでは問題は解決しません。投資家自身がこれらの不正行為の手口を理解し、適切な自衛策を講じることが重要です。暗号資産市場の健全な発展は、規制当局、業界参加者、そして投資家の三者が協力して取り組むべき課題ではないでしょうか。
よくある質問(FAQ)
Q1. ウォッシュトレードは違法ですか?
伝統的な証券市場や商品市場ではウォッシュトレードは明確に違法です。暗号資産市場においても、多くの国で規制強化が進んでいます。日本では金融商品取引法の下で暗号資産デリバティブの仮装売買は禁止されています。現物取引への適用については規制の整備が進行中です。EUのMiCAでは暗号資産のウォッシュトレードが明確に禁止されています。
Q2. 取引量が水増しされているかどうか、どうやって見分けますか?
CoinGeckoやCoinMarketCapが提供する「信頼スコア」や「調整後取引量」を参考にすることができます。報告取引量と調整後取引量の差が大きい取引所は注意が必要です。また、オーダーブックの板の厚さ(デプス)を確認し、報告されている取引量に見合った流動性が実際に存在するかどうかを確認することも有効です。
Q3. MEV(フロントランニング)は違法ですか?
MEVの法的位置づけは現時点では明確ではありません。伝統的な金融市場でのフロントランニングは多くの国で違法ですが、ブロックチェーン上のMEVに既存の法律が適用されるかどうかは議論が続いています。技術的には、ブロック生成者がトランザクションの順序を決定することはプロトコルの仕様上認められた行為であり、それ自体を「違法」と断定するのは難しい面があります。ただし、今後規制が整備される可能性はあります。
Q4. パンプ&ダンプグループに参加すれば利益を得られますか?
極めてリスクが高く、推奨できません。学術研究の結果では、パンプ&ダンプグループの参加者の大多数が損失を被っていることが示されています。利益を得られるのは、事前にトークンを仕込んでいるグループの管理者と一部の内部関係者のみです。また、パンプ&ダンプは市場操作に該当し、法的な制裁の対象となる可能性があります。
Q5. 暗号資産取引所はどのようにして不正取引を防止していますか?
規制された取引所では、取引監視システム(Trade Surveillance System)を導入して異常な取引パターンを自動検出しています。ウォッシュトレードの検出(同一ユーザーによる売り買いの突合)、スプーフィングの検出(短時間での大量注文のキャンセル)、異常な価格変動のアラートなどが一般的な監視項目です。また、KYCの徹底により複数アカウントの作成を防止し、疑わしい取引の届出義務を履行しています。
Q6. DeFiでの市場操作は今後規制されますか?
DeFiに対する規制は段階的に強化される方向にあると考えられます。ただし、分散型プロトコルに対して「誰に」規制を課すのかという根本的な課題が残っています。フロントエンドの運営者への規制、トークンのガバナンスを行う主体への規制など、さまざまなアプローチが検討されていますが、統一的な枠組みの確立にはまだ時間がかかるでしょう。
※本記事は情報提供を目的としており、特定の暗号資産の購入・売却を推奨するものではありません。暗号資産への投資は元本割れのリスクを伴います。市場操作のリスクを含め、投資判断はご自身の責任において、十分な調査と検討のうえで行ってください。本記事の内容は2026年3月時点の情報に基づいており、規制環境は随時変化する可能性があります。