2023年初頭、ビットコインコミュニティに大きな衝撃が走りました。「Ordinals」と呼ばれるプロトコルが登場し、ビットコインのブロックチェーン上に画像・テキスト・コードなどのデータを直接刻み込む「インスクリプション(Inscription)」が急激に普及したのです。
Ordinalsの登場によってビットコインのブロックスペースが急激に埋まり、2023年5月には一時的に取引手数料が急騰する事態が発生しました。ビットコインコミュニティでは、この現象を歓迎する声とブロックチェーンの「スパム」として批判する声が激しく対立しました。
本記事では、Ordinalsとは何か・どのような技術的仕組みで動作するか・BRC-20トークンとはどのようなものか・そしてビットコインエコシステムへの影響と将来性について詳しく解説していきます。
1. Ordinalsプロトコルの誕生と背景
1-1. Casey Rodarmor氏の提案
Ordinalsは、ビットコイン開発者のCasey Rodarmor氏が2022年に発明し、2023年1月にメインネットで稼働を開始したプロトコルです。ORDinalsという名前は、サトシ(ビットコインの最小単位、1BTC = 1億サトシ)に「序数(Ordinal)」番号を付ける仕組みから来ています。
Ordinalsは次の二つのコンポーネントから成り立っています。一つ目は「Ordinals番号付けスキーム」で、すべてのサトシにマイニング順序に基づく一意の番号(0から始まる連番)を付与します。二つ目は「インスクリプション(Inscription)」で、特定のサトシにデータを紐づける仕組みです。
1-2. TaprootがOrdinalsを可能にした理由
Ordinalsが2023年に急成長できた技術的背景には、2021年のTaprootアップグレードがあります。Taprootの「Tapscript witness」データには、従来のScriptデータと比べてブロックスペースのコスト計算で優遇される「ディスカウント」が適用されます。具体的には、witnessデータは通常データの1/4のvbyte(仮想バイト)として計算されます。
これにより、インスクリプションデータをwitnessに格納することで、データ量の割に安い手数料でビットコインに大量のデータを埋め込めるようになりました。Taprootアップグレード前にも技術的にはデータ埋め込みは可能でしたが、コストが高すぎて実用的ではありませんでした。
2. インスクリプションの仕組み:データをビットコインに刻む方法
2-1. OP_FALSEとOP_IFによるデータ格納
インスクリプションは、Tapscriptのwitnessデータ内に「OP_FALSE OP_IF … OP_ENDIF」というパターンを使ってデータを格納します。OP_FALSE(値0)をOP_IFに渡すと、OP_IFブロック内のコードは実行されません。これはスクリプトの実行に影響を与えずにデータを埋め込むための「トリック」です。
具体的には、次のような構造になっています。
OP_FALSE
OP_IF
OP_PUSH "ord" ← Ordinalsの識別子
OP_PUSH 1 ← バージョン1
OP_PUSH content-type ← MIMEタイプ(例: image/png)
OP_PUSH 0
OP_PUSH data ← 実際のデータ(画像などのバイナリ)
OP_ENDIF
このデータはスクリプトの実行には影響せず、ブロックチェーンに永続的に記録されます。インスクリプションのデータはビットコインのブロックから削除することは技術的に不可能であり、一度書き込まれると永久に残ります。
2-2. コミット・リビールの2段階プロセス
インスクリプションの作成は「コミット・リビール」という2段階のプロセスで行われます。第1段階(コミット)では、インスクリプションデータを含むTapscriptへのコミットメント(P2TRアウトプット)を作成します。第2段階(リビール)では、コミットしたP2TRアウトプットを使用し、インスクリプションデータを含むwitnessを公開します。
この設計は、インスクリプションデータが特定のビットコインUTXOのhisotry(作成・使用)と紐づいて記録されることを意味します。インスクリプションは「第2段階のリビールトランザクションの最初のアウトプットの最初のサトシ」に関連付けられるというルールがあります。
3. サトシの序数とレアリティ:Ordinals NFTの価値論
3-1. 序数番号付けスキーム
Ordinalsの序数番号付けスキームでは、マイニングされた順に全サトシに0から始まる連番が付きます。例えば、ビットコインのジェネシスブロック(ブロック0)の報酬50BTCを構成する最初のサトシは「サトシ0」と呼ばれます。
序数は次のルールで割り当てられます。各ブロックのコインベーストランザクション(マイナーへの報酬)の最初のサトシから番号が付きます。次のブロックの番号は前のブロックの最後の番号の続きから始まります。この簡単なルールにより、ビットコインの全サトシ(2100兆サトシ)に一意の番号が付きます。
3-2. レアリティの5段階
Casey Rodarmor氏はOrdinalsのレアリティを次の5段階で定義しています。「common(一般)」は通常のサトシ、「uncommon(珍しい)」は各ブロックの最初のサトシ(約10分に1個)、「rare(希少)」は難易度調整ごとの最初のサトシ(約2週間に1個)、「epic(叙事詩的)」は各半減期ごとの最初のサトシ(約4年に1個)、「legendary(伝説的)」は各難易度調整と半減期が重なる最初のサトシ(約24年に1個)です。
さらに、ジェネシスブロックの最初のサトシ(サトシ0)は「mythic(神話的)」と呼ばれる特別な区分として扱われます。レアなサトシに価値のあるインスクリプションが刻まれると、コレクターズアイテムとしての価値が重なり合う形になります。ただし、これらのレアリティがどの程度市場で評価されるかは、需要と供給に依存します。
4. BRC-20:OrdinalsベースのトークンStandard
4-1. BRC-20の誕生と仕組み
BRC-20は2023年3月に「domo」という匿名の開発者が実験的に提案したトークン標準です。名前はイーサリアムのERC-20(代替可能トークン標準)をもじったものですが、技術的な仕組みは大きく異なります。
BRC-20はインスクリプションを使ってJSON形式のデータをビットコインに刻み込み、それをトークンとして扱う仕組みです。デプロイ(token deploy)・ミント(token mint)・転送(token transfer)の三種類の操作を定義するJSONを順次インスクリプションとして記録することで、オフチェーンのインデクサーがトークンの発行・保有・移転を追跡します。
4-2. BRC-20の爆発的普及と問題点
2023年5月、BRC-20トークンの人気が爆発的に高まり、「ORDI」「PEPE」などのBRC-20トークンが投機的に取引され、時価総額が数億ドル規模に達しました。この影響でビットコインのメモリプール(未確認トランザクションの待機列)が溢れかえり、取引手数料が通常の数十倍に急騰しました。
BRC-20には重大な設計上の問題があります。トークンの正確な残高はブロックチェーン上のスマートコントラクットではなくオフチェーンのインデクサーが計算するため、インデクサーの実装や解釈が異なると不一致が生じます。また、転送は「転送インスクリプションを作成」「別のウォレットに送信」という2ステップが必要で、ERC-20のシンプルなtransferと比べて複雑です。
5. Runesプロトコル:BRC-20の問題を改善した次世代標準
5-1. Runesの設計思想
BRC-20の問題を認識したCasey Rodarmor氏は、ビットコインの「半減期」(2024年4月)に合わせて「Runes(ルーン)」プロトコルをリリースしました。Runesは設計上BRC-20より効率的でビットコインのUTXOモデルに適合した代替可能トークン標準を目指しています。
RunesはOP_RETURN(データのみを含む使用不可能なアウトプット)を使ってトークン情報を記録します。これにより、BRC-20が必要としていた「リビールUTXO」が不要になり、トランザクションの構造がシンプルになります。また、トークンの移転はビットコインのUTXOを分割・結合するモデルに沿って行われるため、インデクサーの解釈による不一致が生じにくい設計になっています。
5-2. 2024年半減期後のRunes普及状況
2024年4月の半減期と同時にRunesが稼働を開始すると、OrdinalsとRunes関連のトランザクションが大量に発生し、ブロックスペースを大幅に消費しました。半減期ブロックのマイナー手数料収入は約2400万円相当(約171BTC)と、通常の数倍に達したとされています。
2024年後半以降、Runesの取引は落ち着いてきましたが、一部のRunesトークンは継続的に取引されており、ビットコインエコシステムの新たな構成要素として定着しつつあります。一方でビットコインプロトコルの「本来の用途」から外れているとして批判的なコミュニティメンバーも依然として多く、議論は続いています。
6. OrdinalsとRunesへの批判と支持
6-1. 「スパム」論争:コア開発者の見解
Bitcoin Coreの一部開発者はOrdinalsについて、ビットコインのブロックスペースを本来の目的(金融取引)以外に使用する「スパム」だと批判しています。Bitcoin Knots(Bitcoin Coreの代替実装)の開発者Luke Dashj Jr.氏はフィルタリング機能を実装し、インスクリプションのフィルタリングをノードオペレーターに促しました。
批判の根拠は、①ブロックスペースの圧迫による手数料上昇で通常の金融取引が圧迫される、②ブロックチェーンの「永続的なデータ記録」としての特性が悪用されると不適切なコンテンツが含まれる可能性がある、③UTXOセットの増大がフルノードの運用コストを上昇させる、などの点にあります。
6-2. 支持派の主張:手数料収入とエコシステム拡大
一方、Ordinalsを支持するコミュニティは、①ビットコインのマイナー手数料収入が増加することでブロック報酬が減少した後のネットワークセキュリティに貢献する、②ビットコインの使用事例を拡大しユーザーベースを広げる、③Tapscriptの能力を活用した正当な用途である、などを主張しています。
特に半減期を重ねるごとにブロック報酬が減少するビットコインにとって、手数料収入の増加はネットワークの長期的なセキュリティに関わる重要な課題です。Ordinalsによる手数料収入の増加がポジティブな側面として評価されるのは、この観点からです。
まとめ
OrdinalsはTaprootの技術的特性(witnessデータのコスト優遇)を活用して生まれた、ビットコイン上のNFT・トークンエコシステムです。BRC-20という実験的なトークン標準が一時的に爆発的人気を博し、より洗練されたRunesプロトコルへと発展しました。
Ordinalsとその関連プロトコルは、ビットコインエコシステムの新たな可能性を示す一方で、ブロックスペースの使用方法やビットコインの「正しい用途」についてコミュニティ内の深い議論を呼び起こしています。ビットコインの将来を考える上で、この技術と議論の両方を理解しておくことは有益でしょう。
よくある質問(FAQ)
- Q. インスクリプションを作成したビットコインは使えなくなりますか?
- A. インスクリプションが刻まれたサトシを含むUTXOは通常のビットコインとして使用できます。ただし、そのサトシを送金すると、インスクリプションも別のアドレスに移動します。高価値のインスクリプションを持つサトシを誤って手数料として支払ってしまう「インスクリプションの焼失」を避けるには、対応したウォレット(例:Ord対応ウォレット)の使用が推奨されます。
- Q. BRC-20トークンはERC-20トークンと同様に扱えますか?
- A. 代替可能トークンという点では似ていますが、技術的な実装は大きく異なります。ERC-20はイーサリアムのスマートコントラクットで状態を管理しますが、BRC-20はインスクリプションのJSONを外部インデクサーが解釈するため、異なるプラットフォーム間での互換性は限定的です。また、転送の複雑さもERC-20より高いです。
- Q. OrdinalsのデータはビットコインノードをUSDするとどのくらいストレージを増加させますか?
- A. 2024年時点で、インスクリプション関連のデータはビットコインブロックチェーン全体のストレージのうち数パーセント程度とされています。フルノードは全ブロックを保存するため、インスクリプション普及前と比べてディスク使用量の増加ペースが早まっています。ただし、Pruned Node(古いブロックを削除するモード)を使えば影響は限定的です。
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