「PlanB」という名で知られる匿名のアナリストが2019年に発表したStock-to-Flow(S2F)モデルは、ビットコインの価格予測に関する議論において大きな影響力を持つ理論です。
このモデルは、金や銀などの貴金属の価値評価に用いられる希少性指標をビットコインに適用したものです。発表以来、多くのビットコイン投資家や研究者の間で注目を集め、支持と批判の両面から議論が続いています。
本記事では、S2Fモデルの基本概念から理論的背景、実際の価格との比較、そしてモデルの限界と批判まで、包括的に解説します。
1. Stock-to-Flowモデルとは何か
1-1. ストックとフローの定義
Stock-to-Flow(S2F)モデルを理解するには、まず「ストック」と「フロー」という概念を把握する必要があります。「ストック」とは現在市場に存在するビットコインの総量を指し、「フロー」とは1年間に新たにマイナーが採掘するビットコインの量を指します。
2024年時点で約1,950万BTCが採掘されており、最大供給量は2,100万BTCと決められています。半減期のたびにフローは半分になるため、S2F比率(ストック÷フロー)は上昇し続けます。
この比率が高いほど、年間の新規供給量に対して既存の供給量が多いことを意味し、希少性が高いと評価されます。2024年の半減期後のビットコインのS2F比率は約120と推計されており、金(約60〜65)の約2倍の水準です。
1-2. S2F比率の計算と理論価格
PlanBのモデルでは、過去のビットコインのS2F比率と市場価値のデータを対数スケールでプロットし、両者の間に強い線形関係があることを示しました。決定係数(R²)が0.95を超える高い相関が示されたことで、多くの投資家の関心を集めました。
この回帰分析に基づき、将来の半減期後のS2F比率を代入することで理論的な市場価値・価格を推計することが可能です。ただし、回帰分析はあくまでも過去のデータへの当てはめであり、将来の予測精度を保証するものではありません。
金のS2F比率との比較において、ビットコインは長期的に「デジタルゴールド」としての地位を確立する可能性を示唆するものとして、このモデルは多くの投資家に参照されています。
2. S2Fモデルの理論的背景
2-1. 希少性と価値の関係
S2Fモデルの根底にある考え方は「希少性が価値を生む」という経済学的原則です。ゴールドや白金などの貴金属が高い価値を持つのは、その希少性によるものです。ビットコインは2,100万枚という絶対的な上限が設定されており、この供給上限はコードによって保証されています。
さらに、半減期によって新規発行量が定期的に半減する仕組みが組み込まれており、長期的に見てフローが減少し続けるという特徴があります。この「プログラムされた希少性」は、政府や中央銀行が発行量を任意に増やすことができる法定通貨とは根本的に異なります。
このデジタル的な希少性の担保こそが、S2Fモデルがビットコインを金と同列に論じる根拠となっています。
2-2. S2FXモデルへの発展
PlanBは2020年にS2FモデルをS2FXモデルへと発展させました。S2FXモデルは、ビットコインの価格推移をいくつかの異なる「フェーズ」に分類し、各フェーズでS2F比率と市場価値の関係が変化するという考え方を取り入れています。
コレクタブル、金融資産、決済手段、デジタルゴールドといったフェーズが想定されており、現在は「デジタルゴールド」フェーズへの移行途上にあると位置づけられています。このフェーズでの市場価値は数兆ドル規模と推計されています。
また、金や銀などの他の希少資産のデータも含めた拡張分析が行われ、ビットコインが「デジタルゴールド」として最終的には金の市場価値に匹敵する規模に到達するという長期的な見通しが示されています。
3. S2Fモデルへの批判
3-1. 需要側の要因を無視しているという批判
S2Fモデルへの最も根本的な批判は、供給側の要因のみに焦点を当てており、需要側の変化を考慮していないという点です。価格は需要と供給の両方によって決まるものであり、供給量だけから価格を推計することには根本的な限界があります。
例えば、規制強化によってビットコインへの需要が激減した場合、供給の希少性がいかに高くとも価格は下落するはずです。競合する仮想通貨や資産の台頭によって需要が分散される可能性も考慮が必要です。
経済学者のアレックス・クルーガーや複数の研究者は、S2FモデルのS2F比率と価格の相関は偶然的なものであり、因果関係があるとは言えないと主張しています。
3-2. 統計的手法への批判と実際の乖離
統計学的な観点からも問題点が指摘されています。ビットコインの価格とS2F比率はどちらも時間の経過とともに増加するトレンドを持つ「単位根を持つ時系列」であり、このような変数同士の回帰分析では「見せかけの回帰」が起きやすいと指摘されています。
2022年の暗号資産市場の大幅な下落(クリプトウィンター)では、ビットコインの価格がS2Fモデルの予測値を大きく下回りました。FTX破綻などの業界内イベントが相場に与えた影響は、モデルの想定外のものでした。
モデルが構築された際のデータに基づいており、その後の価格推移を正確に予測できているかは疑問視されています。任意に変数を選んで統計的相関を見つけることは容易ですが、それが将来の予測力につながるかどうかは別問題です。
4. S2Fモデルと実際の価格推移の比較
4-1. 2019年〜2021年の検証
S2Fモデルが発表された2019年から2021年にかけての価格推移を見ると、モデルの予測範囲内で動いた時期もありましたが、常に精確に一致していたわけではありません。2021年11月のビットコイン史上高値(当時約7万ドル)は、一部のモデル予測と合致する部分もありました。
この時期の価格上昇はモデルの妥当性を支持する声を強めましたが、モデルが示す「予測範囲」が非常に広いため、「モデルが当たった」と言えるかどうか自体も議論の余地があります。
モデルの支持者は、長期的なトレンドは依然としてモデルの示す方向と一致していると主張しており、議論は現在も続いています。
4-2. 2022年以降の乖離と現在の評価
2022年のクリプトウィンターでモデルとの乖離が顕在化した後、PlanB自身もモデルの修正や補足説明を行っています。批判派からはモデルの信頼性に根本的な疑問が提示されており、支持派は長期トレンドの有効性を主張するという構図が続いています。
現在の評価としては、S2Fモデルは「ビットコインの希少性を理解するためのフレームワーク」として価値を持つ一方、「具体的な価格予測ツール」としての信頼性は限定的であるという見方が広まっています。
ビットコインの2024年の半減期後、モデルが再び注目を集める局面もありましたが、単一のモデルに過度に依存しない姿勢が重要です。
5. 代替モデルと補完的指標
5-1. Rainbow Chartとメトカーフの法則
S2Fモデル以外にも様々な価格評価ツールが存在します。Rainbow Chartは、ビットコインの長期的な対数成長トレンドに基づいて、現在の価格が相対的に割高か割安かを色分けで示す直感的なツールです。
メトカーフの法則に基づくモデルは、ネットワーク価値がユーザー数の二乗に比例するという理論をビットコインに適用したものです。アクティブアドレス数や取引量の増加がネットワーク価値の上昇につながるという考え方は、需要側の要因を組み込んでいる点でS2Fモデルを補完します。
これらのモデルにも固有の限界があります。どのモデルも将来の価格を確実に予測できるものではなく、参考情報として活用するスタンスが重要です。
5-2. オンチェーン指標との組み合わせ
S2Fモデルを補完する指標として、MVRV比率、NUPL、Realized Price、Puell Multipleなどのオンチェーン指標が活用できます。これらの指標は、市場の過熱・冷却感や相場のサイクルにおけるポジションを把握するのに役立ちます。
S2Fが長期的な理論価値を示すのに対し、オンチェーン指標は短〜中期的な市場の状態を把握するのに適しています。両者を組み合わせることで、より多角的な相場分析が可能です。
最終的には、複数の視点から総合的に判断し、自身のリスク許容度と投資目的に沿った判断を行うことが重要です。
6. S2Fモデルを投資判断にどう活用するか
6-1. フレームワークとして活用する姿勢
S2Fモデルはビットコインの希少性という根本的な特性を定量的に示す指標として有用な参考情報を提供しています。ただし、このモデルだけに基づいた投資判断は慎重に避けるべきです。
モデルが示す長期的なトレンドの方向性(半減期ごとに価格の下限が切り上がるという傾向)は、複数の視点から検討する価値があります。しかし、具体的な価格目標や購入・売却タイミングの判断には適していません。
S2Fモデルを参照しつつ、オンチェーン分析、テクニカル分析、マクロ経済分析など複数のアプローチを組み合わせたバランスの取れた判断が求められます。
6-2. ビットコインの本質的価値をどう考えるか
価格予測モデルを超えた問いとして、ビットコインの「本質的価値」とは何かという議論があります。価値の保存手段としての機能、検閲耐性のある価値移転の手段としての機能、分散型ネットワークとしての堅牢性など、多角的な視点からの評価が必要です。
S2Fモデルは希少性という一側面から価値を評価しますが、ビットコインの価値は希少性だけで決まるわけではありません。将来的にビットコインが広く採用されればネットワーク効果によって価値が高まる可能性がある一方、採用が停滞したり競合技術が台頭したりすれば価値が低下するリスクもあります。
総合的かつ長期的な視点でビットコインの可能性と限界を理解することが、賢明な投資判断につながります。
7. S2Fモデルをめぐる今後の議論
7-1. 市場成熟とモデルの有効性変化
ビットコインの市場が成熟するにつれて、S2Fモデルの有効性も変化していく可能性があります。機関投資家の参入、デリバティブ市場の発達、ETFの普及などにより、価格形成のメカニズム自体が変化しています。
市場規模が拡大すると、同じパーセンテージの価格変動を生むために必要な資金量が増加します。これはモデルの予測通りの価格上昇を実現するために必要な資金流入の規模が過去より大きくなることを意味します。
モデルへの批判と支持の議論は今後も続くと考えられますが、重要なのは特定のモデルへの依存ではなく、継続的な学習と多角的な視点を持ち続けることです。
7-2. 半減期後のサイクルとS2Fの相互参照
2024年の半減期後のサイクルにおいて、S2Fモデルの予測と実際の価格動向をどのように比較・評価するかは、引き続き重要なテーマとなります。モデルが「当たっている」「外れている」という単純な評価ではなく、なぜそうなったかを分析することが学習として重要です。
半減期サイクルとオンチェーン指標、マクロ経済環境を組み合わせた総合的な相場分析は、投資判断の質を高める上で継続的に追求すべきアプローチです。
いかなるモデルも「完全な答え」ではなく、思考の補助ツールとして活用することが、長期的に賢明な投資家であり続けるための心構えです。
まとめ
PlanBのStock-to-Flowモデルは、ビットコインの希少性に着目した価格予測モデルとして広く参照されています。半減期による供給減少という根本的な仕組みを定量化した点で、ビットコインの理解を深めるための有用な視点を提供しています。一方で、需要側の要因を考慮していない点や統計手法への批判、実際の価格との乖離など、重要な限界があります。S2Fモデルは価格予測の「答え」としてではなく、思考の道具として活用することが適切です。
よくある質問
Q. PlanBとは何者ですか?
A. PlanBは匿名のオランダ人アナリストで、機関投資家向け資産運用の実務経験を持つとされています。2019年にStock-to-Flowモデルをオンラインで発表し、ビットコインコミュニティで広く知られるようになりました。
Q. S2Fモデルの予測価格はどれくらいですか?
A. S2Fモデルによれば、2024年の半減期後のビットコインの理論価格は数十万ドルから数百万ドル規模と示されています。ただし予測範囲が広く、実際の価格との乖離も大きいため、具体的な数値を投資判断の根拠にすることは推奨されません。
Q. S2FモデルはETH(イーサリアム)にも適用できますか?
A. イーサリアムは供給量が変動するためS2Fモデルの適用は困難です。S2Fモデルは固定上限供給量を持つビットコインに最も適したモデルとされています。
※本記事は情報提供を目的としており、投資を推奨するものではありません。暗号資産への投資は元本割れのリスクがあります。投資判断はご自身の責任で行ってください。