2024年3月のDencunアップグレードによるEIP-4844の実装は、イーサリアムのLayer 2(L2)エコシステムに大きな変化をもたらしました。各L2のトランザクション手数料が大幅に下がったことで、L2間の競争環境も変化しています。
本記事では、EIP-4844実装後の主要L2ネットワークの手数料変化を具体的なデータとともに比較します。Optimism、Arbitrum、Base、zkSync Era、Polygon zkEVMなどの主要L2が、EIP-4844をどのように活用し、どの程度のコスト削減を実現したかを詳しく解説していきます。
L2選びで迷っているユーザーや、L2エコシステムの動向に関心のある方にとって、この記事が参考になれば幸いです。なお、手数料は市場状況によって常に変動しますので、最新の情報は各L2の公式サイトでご確認ください。
EIP-4844前後の手数料変化:主要L2の比較
Optimismの手数料削減効果
OptimismはEIP-4844のブロブトランザクションへの対応を比較的早期に完了し、その効果はユーザーにとって即座に体感できるものでした。
実装前の2024年2月時点では、Optimism上でのUniswapスワップの平均コストは0.5〜1.5ドル程度でした。Dencunアップグレード後にOptimismがブロブ対応を完了すると、同じ操作のコストは0.01〜0.1ドル程度にまで低下しました。最大で約15倍のコスト削減が達成されたことになります。
OptimismはOP Stackと呼ばれるオープンソースのL2構築フレームワークを公開しており、Baseをはじめ多くのL2がOP Stackをベースに構築されています。Superchain構想のもと、OP Stackチェーン間の相互運用性向上も進んでおり、EIP-4844とOP Stackの組み合わせによるエコシステムの拡大が注目されています。
Arbitrumのブロブ対応と現状
Arbitrumは2種類のL2製品を持っています。Arbitrum Oneはオプティミスティックロールアップ、Arbitrum Novaはデータ可用性コミッティー(DAC)を使ったAnyTrustという異なるアーキテクチャです。
Arbitrum OneはDencunアップグレード後にブロブ対応を実施し、手数料の大幅削減を達成しました。EIP-4844実装後のArbitrum Oneでは、単純なERC-20トークン転送が0.01ドル以下で行えるようになりました。DeFi取引(Uniswapなど)でも0.05〜0.3ドル程度で完結することが多く、以前の数分の一以下のコストになっています。
Arbitrum NovaはDACを使うため元々低コストでしたが、EIP-4844対応後はさらにコストが下がりました。ゲーミングや高頻度取引のユースケースに特化したNovaは、1トランザクション0.001ドル以下という超低コストを実現しています。
zkSync EraとPolygon zkEVMの状況
zkSync EraのEIP-4844対応
Matter Labsが開発するzkSync EraはzkEVM(ゼロ知識証明を使うL2)であり、EIP-4844対応後に特に大きなコスト削減効果を見せたL2のひとつです。
zkSync Eraは通常のトランザクション処理に加えて、L1への証明提出(zk-SNARK証明)のコストがあります。以前はこの証明提出コストがL2手数料に影響していましたが、EIP-4844のブロブを活用することでデータ可用性コストを大幅に削減しました。
実装後のzkSync Eraでは、ETH転送が0.001ドル程度、ERC-20転送が0.005ドル程度で行えるようになったと報告されています。zkSyncの開発チームは、ZK Stack(zkSync独自のL2構築フレームワーク)を使った「ハイパーチェーン」エコシステムの拡大も進めており、EIP-4844との組み合わせによる更なる低コスト化も見込まれます。
Polygon zkEVMの対応状況
PolygonのzkEVM製品もEIP-4844に対応し、手数料削減を実現しています。Polygon zkEVMはイーサリアムのEVMと完全な互換性を持つzkEVMとして、既存のdAppsがほぼそのまま動作する点が特徴です。
Polygon全体としては、PolygonのPoS(Proof of Stake)チェーン、Polygon zkEVM、そしてPolygon CDKを使ったAggLayerという複数のL2ソリューションを展開しています。EIP-4844の活用によって各製品のコストが改善されており、特にzkEVMでの改善が注目されています。
2026年時点では、Polygon zkEVMでの平均トランザクション手数料はOptimismやArbitrumと同等水準の低コストが実現されています。Polygon CDKを使ったカスタムL2チェーンの構築も増えており、エコシステムの拡大が続いています。
Base:EIP-4844の恩恵を最大に受けたL2
CoinbaseのBaseとOP Stackの相乗効果
CoinbaseがOP Stackを使って構築したL2「Base」は、EIP-4844の恩恵を最大限に享受したL2のひとつとして注目されています。
BaseはCoinbaseという大手取引所が運営するL2であることから、多くの一般ユーザーが参入しやすい環境が整っています。EIP-4844の実装後、Baseのトランザクション手数料はさらに低下し、Base上のdAppsが急速に普及しました。
特に注目を集めたのがFarcasterなどのソーシャルメディアアプリケーションやSocialFiのプロジェクトです。これまでは手数料の高さから「ガスを使うSNS」は実用的でありませんでしたが、EIP-4844後のBaseでは1投稿あたりのコストが数円以下になり、Web3ソーシャルアプリの実用化が現実になりつつあります。
BaseのDAU(日次アクティブユーザー)成長
EIP-4844の実装はBaseのユーザー数成長に大きく寄与しました。手数料が下がることで、これまでコスト面でL2の利用を躊躇していた層の参入が増えたためです。
Base上のトランザクション数もDencunアップグレード後に増加傾向を示しており、L2全体のトランザクション数においてBaseのシェアが拡大しています。OP StackというオープンなフレームワークとEIP-4844の低コストの組み合わせが、新規dAppsの開発を促進し、エコシステム全体の活性化につながっています。
L2手数料比較:どのL2を選ぶべきか
ユースケース別のL2選び
EIP-4844の実装後、主要L2はいずれも以前と比べて大幅に低い手数料を実現しており、単純なコスト比較だけでL2を選ぶ時代は終わりつつあります。ユースケースやエコシステムの観点からL2を選ぶことがより重要になっています。
DeFiメインで使う場合、流動性が最も豊富なArbitrum OneやOptimismが依然として有力な選択肢です。Uniswap、Aave、Curveなどの主要DeFiプロトコルがいずれも対応しており、取引量と流動性の観点から安定した取引環境が期待できます。
NFTやゲームで使う場合、手数料の低さと高スループットが求められます。Arbitrum NovaやBase、Immutable Xなどが選ばれることが多いです。特にゲーミングL2は専用のインフラが整備されており、ゲームに最適化されたガス代設定が可能です。
セキュリティとトラストモデルの違い
手数料だけでなく、セキュリティモデルの違いも重要な選択基準です。完全にイーサリアムのセキュリティを継承するオプティミスティックロールアップとzkEVMを比較すると、それぞれに特性があります。
オプティミスティックロールアップ(Optimism、Arbitrum One)は、不正が検証できる7日間の引き出し待機期間があります。この7日間はL2からL1への資産引き出しに時間がかかることを意味しますが、資産のセキュリティはしっかり確保されています。
zkEVM(zkSync Era、Polygon zkEVM)は数学的証明によって取引の正確性が即座に証明されるため、引き出し待機時間がありません。技術的な複雑さは増しますが、即座の最終確定という利点があります。どちらのモデルもイーサリアムのセキュリティを基盤としており、信頼性は高いといえます。
L2間のブリッジとインターオペラビリティ
L2間のブリッジコストへの影響
EIP-4844はL2内のトランザクション手数料を下げましたが、L2間のブリッジ(資産の移動)コストへの影響は直接的ではありません。L2をまたいで資産を移動する場合、スマートコントラクトのトランザクション実行やL1での検証コストが発生します。
ただし、LayerZero、Stargate、Hop Protocolなどのブリッジプロトコルも、EIP-4844を活用することでコスト削減を進めています。また、Optimism SuperchainやPolygon AggLayerのように、同じアーキテクチャのL2間では特別な相互運用機能を使った低コストブリッジが実現しつつあります。
ネイティブブリッジと第三者ブリッジの比較
各L2が公式に提供するネイティブブリッジは最も安全ですが、オプティミスティックロールアップでは7日間の引き出し待機があります。第三者ブリッジ(Hop、Stargate、Across Protocolなど)を使うと即時に資産を移動できますが、追加の手数料と独自のリスクが伴います。
EIP-4844後の低手数料環境では、ユーザーが複数のL2を使い分けることが容易になり、ブリッジの需要も増えることが予想されます。セキュリティを重視するなら公式ブリッジ、スピードを重視するなら第三者ブリッジというトレードオフを理解したうえで利用することが重要です。
将来のL2競争:ブロブキャパシティ拡大後の変化
完全Dankshardingがもたらす次の変革
現在のEIP-4844では1ブロックあたり最大6ブロブ(約768KB)という制約があります。L2の採用が進むにつれて、このブロブキャパシティが競合する状況が生まれる可能性があります。
将来の完全Dankshardingでは、ブロブのキャパシティが大幅に拡大される予定です。計画では最終的に1ブロックあたり256ブロブ以上が可能になると見込まれており、これが実現すればL2の手数料はさらに数十分の一に下がることが期待されます。
ブロブキャパシティが十分に大きくなれば、L2間の競争軸はさらにEVMの互換性や開発者体験、エコシステムの豊かさに移っていくと考えられます。純粋なコスト競争から、技術的差異化の競争へとシフトする可能性があります。
外部データ可用性レイヤーとの競合
EIP-4844によるコスト削減が実現した一方で、CelestiaやEigenlayerのEigenDAなど、イーサリアム外のデータ可用性レイヤーも台頭しています。これらは「オルタナティブDA」と呼ばれ、ブロブよりも安価なデータ可用性を提供することを目指しています。
一部のL2は完全なイーサリアムロールアップではなく、イーサリアム以外のDAレイヤーを使う「ヴァリジウム(Validium)」や「オプティミウム」と呼ばれるモデルを採用しています。コスト面では有利ですが、イーサリアムのフルセキュリティを継承しないというトレードオフがあります。
EIP-4844の完全Danksharding実現後は、イーサリアムのネイティブDAが価格競争力においても外部DAレイヤーと十分に競合できるようになる可能性があります。
まとめ
EIP-4844の実装はL2エコシステムの競争地図を大きく塗り替えました。Optimism、Arbitrum、Base、zkSync Era、Polygon zkEVMなどの主要L2がいずれもブロブ対応を完了し、手数料の大幅削減を実現しています。ユーザーにとっては選択肢が充実し、低コストで多様なdAppsを利用できる環境が整ってきています。
将来の完全DankshardingやL2エコシステムの更なる成熟によって、イーサリアムの大衆普及はより現実に近づいていくことでしょう。L2の選び方は単純な手数料比較だけでなく、セキュリティモデル、エコシステム、開発者体験などを総合的に判断することが大切です。
よくある質問
Q. EIP-4844後、最も手数料が安いL2はどこですか?
単純な手数料の安さでいえば、Arbitrum NovaやStarkNet、Base上の一部dAppsでの取引が非常に低コストで行えます。ただし手数料はネットワークの込み具合や使用するdAppsによって変わるため、実際に使う前に現在のガス代を確認することをおすすめします。
Q. L2への資産の移動(ブリッジ)は安全ですか?
主要L2の公式ブリッジはイーサリアムのスマートコントラクトによって保護されており、適切なセキュリティが確保されています。ただし第三者ブリッジはスマートコントラクトの脆弱性リスクがあります。利用するブリッジのセキュリティ審査(監査)の有無を確認してから利用することを推奨します。
Q. MetaMaskでL2を使うにはどうすればいいですか?
MetaMaskの「ネットワークを追加」機能から各L2のRPCエンドポイントを追加することで利用できます。OptimismやArbitrum、BaseなどはMetaMaskの公式サポートリストに含まれており、ワンクリックで追加できます。Chainlist(chainlist.org)というサイトからも簡単に追加可能です。
※本記事は情報提供を目的としており、投資を推奨するものではありません。暗号資産への投資は元本割れのリスクがあります。投資判断はご自身の責任で行ってください。