インターネット上のデータは、私たちが思っている以上に脆弱な基盤の上に存在しています。世界のクラウドストレージ市場は、Amazon Web Services(AWS)、Microsoft Azure、Google Cloudの3社で約60%以上のシェアを占めており、これらの企業のサーバーに障害が発生すれば、膨大な数のウェブサイトやサービスが停止します。実際に、AWSの大規模障害が発生するたびに、数万のウェブサイトやアプリケーションが影響を受けてきました。
こうした中央集権的なストレージへの依存に対する代替案として注目されているのが、分散型ストレージです。FilecoinやArweaveに代表されるこの技術は、データを世界中のノード(参加者のコンピューター)に分散して保存し、単一障害点のない、検閲耐性の高いデータ保存の仕組みを実現しようとしています。
興味深いのは、これらのプロジェクトが独自のトークン(暗号資産)を発行し、ストレージの提供者と利用者をインセンティブで結びつけるトークンエコノミクスを構築している点です。FIL(Filecoin)やAR(Arweave)といったトークンは、暗号資産市場で取引される投資対象であると同時に、分散型ストレージネットワークを機能させるための不可欠な要素でもあります。
この記事では、分散型ストレージの技術的な仕組みから、Filecoin・Arweaveの特徴比較、トークンエコノミクス、投資としての評価まで、7つの視点から詳しく解説していきます。
目次
1. なぜ分散型ストレージが必要なのか——中央集権ストレージの限界
1-1. 集中リスクと単一障害点
現代のインターネットは、驚くほど少数の企業のインフラに依存しています。AWS単体で、インターネットトラフィックの相当な割合を支えているとされ、Netflixから官公庁のシステムまで、多種多様なサービスがAWS上で稼働しています。
この集中は効率性の観点からは合理的ですが、「単一障害点(Single Point of Failure)」というリスクを内包しています。2017年のAWS S3の障害では、約4時間にわたって大量のウェブサイトが利用不能になりました。2021年のCloudflareの障害でも、広範なサービス停止が発生しています。
こうした障害は一時的なものですが、より深刻なリスクも存在します。自然災害によるデータセンターの物理的な破壊、国家レベルのサイバー攻撃、あるいは企業の経営破綻によるサービス終了——これらのシナリオでは、中央集権的なストレージに保存されたデータが永久に失われる可能性があります。
1-2. 検閲とデータの永続性
中央集権的なストレージのもう一つの課題は、検閲のリスクです。サーバーを管理する企業や、その企業が所在する国の政府は、保存されたデータの閲覧を制限したり、削除を要求したりする権限を持っています。
これは、違法コンテンツの取り締まりという観点からは必要な機能ですが、政治的に不都合な情報の検閲や、表現の自由の制限にもつながり得ます。実際に、特定の国ではウェブサイトの検閲や、SNS投稿の強制削除が日常的に行われています。
データの永続性にも課題があります。ウェブ上のコンテンツは、驚くほどの速さで消失しています。ある研究では、ウェブページの平均寿命は約100日とされ、10年前に存在したウェブページの大半がすでにアクセス不能になっているという報告もあります。ハーバード・ロースクールの調査では、最高裁判所の判決文中に引用されたURLの49%がリンク切れ(いわゆる「リンク腐敗」)であったとされています。
分散型ストレージは、こうした検閲リスクとデータの消失リスクに対する技術的な解決策を提供しようとしています。
1-3. コスト構造の非効率性
クラウドストレージの料金体系は、一見するとシンプルですが、実際にはさまざまなコストが積み重なります。ストレージの容量に対する月額料金に加え、データの読み出し(エグレス)料金、APIリクエスト料金、転送料金などが発生し、使い方によっては予想以上のコストがかかることがあります。
特に問題視されているのが「エグレス料金」です。クラウドに保存したデータを取り出す際に課される料金で、これが「ベンダーロックイン」(特定の事業者から離れにくくなる状態)を強化する要因となっています。大量のデータをクラウドに保存した後、別のプロバイダーに移行しようとすると、膨大なエグレス料金が発生するため、実質的に移行が困難になるのです。
分散型ストレージは、市場メカニズムを通じてストレージ価格を決定する仕組みを採用しており、理論上は中央集権的なプロバイダーよりもコスト効率が高くなる可能性があります。
2. 分散型ストレージの基本技術——IPFS・コンテンツアドレッシング
2-1. IPFSとは何か
IPFS(InterPlanetary File System / 惑星間ファイルシステム)は、分散型ストレージを理解するうえで欠かせない基盤技術です。Protocol Labsのフアン・ベネットによって開発されたIPFSは、ファイルの保存と取得の方法を根本から変える分散型プロトコルです。
従来のHTTP(ウェブの基本プロトコル)では、データは「どこに保存されているか」(ロケーション)で指定されます。例えば、https://example.com/image.jpg` というURLは、example.com` というサーバーの特定の場所にあるファイルを指しています。このサーバーが停止すれば、そのファイルにはアクセスできなくなります。
IPFSでは、データは「何であるか」(コンテンツ)で指定されます。各ファイルにはその内容から生成される一意のハッシュ値(CID: Content Identifier)が付与され、このCIDを使ってファイルを取得します。同じファイルがネットワーク内の複数のノードに保存されていれば、どのノードからでも取得可能です。一つのノードが停止しても、他のノードからファイルを取得できるため、可用性が高まります。
2-2. コンテンツアドレッシングの利点
コンテンツアドレッシング(コンテンツに基づくアドレス指定)には、いくつかの重要な利点があります。
データの完全性の保証
ファイルのCIDはその内容のハッシュ値であるため、ファイルの内容が1ビットでも変更されれば、CIDも変わります。つまり、CIDを指定してファイルを取得した場合、そのファイルが改ざんされていないことが暗号学的に保証されます。
重複排除(デデュプリケーション)
同じファイルは同じCIDを持つため、ネットワーク全体で同じファイルを重複して保存する必要がありません。これにより、ストレージの効率が向上します。
永続的なリンク
コンテンツアドレスは、ファイルの保存場所に依存しません。サーバーが移転しても、ドメインが変わっても、ファイルのCIDは変わりません。したがって、「リンク切れ」が原理的に発生しにくくなります。
2-3. IPFSの限界とFilecoin・Arweaveの役割
IPFSは優れた技術ですが、一つの重要な問題があります。IPFSはファイルの「取得プロトコル」であり、「保存の保証」は提供しません。
IPFSネットワークでは、ファイルはそのファイルを「ピン留め(pin)」しているノードによって保持されます。しかし、ノードの運営者がピン留めを解除したり、ノード自体が停止したりすれば、そのファイルはネットワークから失われます。つまり、ファイルを永続的に保存し続けるための経済的インセンティブが、IPFSの仕組みだけでは不足しているのです。
ここに登場するのが、FilecoinとArweaveです。両者は、それぞれ異なるアプローチで「データを長期的に保存し続けるインセンティブ」を提供するプロジェクトです。Filecoinは契約期間ベースのストレージ市場を構築し、Arweaveは一回の支払いによる永久保存を実現しようとしています。
3. Filecoinの仕組み——ストレージ市場と証明メカニズム
3-1. Filecoinの基本設計
Filecoinは、Protocol Labs(IPFSの開発元と同じ組織)が開発した分散型ストレージネットワークです。2017年のICO(Initial Coin Offering)で約2億5,700万ドルを調達し、2020年10月にメインネットをローンチしました。
Filecoinの基本的な仕組みは、「分散型のストレージマーケットプレイス」です。ストレージを提供する参加者(ストレージプロバイダー / 旧マイナー)と、ストレージを利用したいクライアントが、FILトークンを介して取引を行います。
ストレージプロバイダーは、自分のハードディスク容量をネットワークに提供し、クライアントのデータを保存します。その対価として、FILトークンを報酬として受け取ります。クライアントは、データを保存してもらう対価としてFILトークンを支払います。
このマーケットプレイスでは、ストレージの価格が需給によって動的に決定されます。競争によって価格が適正化される仕組みであり、理論上は中央集権的なクラウドプロバイダーよりも効率的な価格形成が可能です。
3-2. Proof-of-ReplicationとProof-of-Spacetime
Filecoinの技術的な核心は、二つの独自の証明メカニズムにあります。
Proof-of-Replication(PoRep / レプリケーション証明)
ストレージプロバイダーが、クライアントのデータを実際に保存していることを暗号学的に証明する仕組みです。PoRepは、データが一意にエンコードされた形で保存されていることを証明し、「データを保存しているふりをしているだけ」という不正を防止します。
具体的には、データを「セクター」と呼ばれる単位(通常32GBまたは64GB)に分割し、各セクターに対して暗号学的な変換(シーリング / Sealing)を施します。この変換プロセスは意図的に計算コストが高く設計されており、データを実際に保存せずに証明だけを偽造することが困難になっています。
Proof-of-Spacetime(PoSt / スペースタイム証明)
ストレージプロバイダーが、契約期間を通じてデータを継続的に保存していることを証明する仕組みです。PoStは定期的に実行され、ストレージプロバイダーが任意のセクターのデータにアクセスできることを証明します。
PoStには「WindowPoSt」と「WinningPoSt」の二種類があります。WindowPoStは24時間ごとに実行される定期検査で、全セクターの保存状態を確認します。WinningPoStはブロック生成時に実行され、選ばれたプロバイダーがデータを保持していることを証明するためのものです。
3-3. Filecoin Virtual Machine(FVM)とスマートコントラクト
2023年3月、FilecoinはFVM(Filecoin Virtual Machine)を導入し、スマートコントラクトのサポートを開始しました。これにより、Filecoinは単なるストレージネットワークから、ストレージを基盤としたプログラマブルなプラットフォームへと進化しています。
FVMが可能にする主なユースケースは以下の通りです。
- データDAO: データの管理・アクセス制御をDAOの仕組みで行う
- ストレージのトークン化: ストレージ容量をトークン化し、取引可能にする
- 永続ストレージ契約: スマートコントラクトによる自動更新の仕組み
- DeFi連携: ストレージプロバイダーへのレンディング(貸し出し)など
FVMの導入は、Filecoinのエコシステムを大幅に拡張する可能性を持っていますが、まだ初期段階であり、実際のユースケースの蓄積はこれからです。
4. Arweaveの仕組み——永久保存というビジョン
4-1. Arweaveの基本設計——Permaweb
Arweaveは、「永久的なデータ保存」を実現するためのプロトコルです。サム・ウィリアムズによって2017年に設立され、2018年にメインネットがローンチされました。
Arweaveの最も特徴的な点は、「一度の支払いでデータを永久に保存できる」という設計思想です。Filecoinが期間限定のストレージ契約を基本としているのに対し、Arweaveはデータの永続性そのものをプロトコルレベルで保証しようとしています。
Arweaveが構築するのは「Permaweb(パーマウェブ)」と呼ばれる、永続的なウェブです。一度Permawebに保存されたデータは、理論上は永久に消えることがなく、誰でもアクセスできます。ウェブページ、画像、動画、文書——あらゆる種類のデータを、変更も削除もできない形で保存できるのがPermawebの特徴です。
4-2. ブロックウィーブとSPoRA
Arweaveの技術的な基盤は、「ブロックウィーブ(Blockweave)」と呼ばれるデータ構造です。
一般的なブロックチェーンでは、ブロックは前のブロックへの参照(ハッシュ)を含む線形の連鎖構造を持ちます。ブロックウィーブでは、各ブロックが前のブロックに加えて、過去のランダムなブロック(リコールブロック)への参照も含みます。この構造により、マイナーは新しいブロックを生成するために、過去のデータへのアクセスを維持する必要があります。
Arweaveのコンセンサスメカニズムは「SPoRA(Succinct Proofs of Random Access / 簡潔なランダムアクセス証明)」と呼ばれます。SPoRAでは、新しいブロックを生成するためには、過去のランダムに選ばれたデータチャンクへのアクセスを証明する必要があります。これにより、マイナーはできるだけ多くの過去データを保存しておくインセンティブを持つことになります。
データを多く保存しているマイナーほど、ランダムに選ばれるリコールデータにアクセスできる確率が高くなり、結果としてブロック報酬を獲得しやすくなります。この仕組みにより、ネットワーク全体でのデータの複製数を維持する経済的インセンティブが生まれています。
4-3. 永久保存の経済モデル——基金メカニズム
「一度の支払いで永久保存」は、直感的には不可能に思えるかもしれません。Arweaveはこの課題を、「ストレージ基金(Storage Endowment)」メカニズムで解決しようとしています。
Arweaveにデータを保存する際の料金には、実際のストレージコストに加えて、将来のストレージコストをカバーするための「基金」部分が含まれています。この基金は、ストレージコストが年々低下するという長期的なトレンド(クライダーの法則)を前提としています。
クライダーの法則によれば、1GBあたりのストレージコストは年平均約30〜40%の割合で低下し続けています。Arweaveは保守的に見積もって年率0.5%の低下を仮定し、その前提で基金の規模を設計しています。実際のコスト低下率が仮定を上回れば、基金は枯渇することなく、データの永久保存が実現可能ということになります。
もちろん、200年後、500年後も本当にストレージコストが低下し続けるのかは、誰にも保証できません。しかし、過去数十年のトレンドとテクノロジーの発展を考慮すると、少なくとも中期的にはこの前提は合理的であると考えられます。
5. Filecoin vs Arweave——設計思想と適用領域の違い
5-1. 設計思想の根本的な違い
FilecoinとArweaveは、どちらも分散型ストレージを提供するプロジェクトですが、その設計思想には根本的な違いがあります。
Filecoin: ストレージのマーケットプレイス
Filecoinは、中央集権的なクラウドストレージの「分散型版」を目指しています。ストレージの提供者と利用者が市場メカニズムを通じてマッチングされ、期間と価格を決めてストレージ契約を結びます。契約が満了すれば、データの保持義務はなくなります。
Arweave: データの永久保存レイヤー
Arweaveは、「一度保存したデータは永久に残る」という、より根本的な問題(データの消失)に取り組んでいます。AWSやFilecoinの代替というよりも、「人類の知識のアーカイブ」としての役割を志向しています。
この違いは、適用領域の違いに直結します。Filecoinは大規模な企業データの分散バックアップや、コスト効率の良いクラウドストレージの代替として位置づけられるのに対し、Arweaveは消えてはならないデータ——法的文書、歴史的記録、デジタルアート、オンチェーンメタデータなど——の永久保存に適しています。
5-2. コスト構造の比較
Filecoinのストレージコストは、契約期間と市場の需給によって変動します。2026年時点では、1GBあたりのストレージコストは、主要なクラウドプロバイダーと比較してかなり安価になっています。ただし、データの読み出し(リトリーバル)にもコストがかかることと、契約更新時に追加費用が発生することを考慮する必要があります。
Arweaveのコストは「一回払い」です。2026年3月時点で、1GBのデータをArweaveに永久保存するコストは、ARトークンの価格にもよりますが、数ドル程度とされています。一見すると割高に感じるかもしれませんが、「永久保存」の対価と考えれば、長期的には極めてコスト効率が高いとも言えます。
5-3. エコシステムとアプリケーション
Filecoinのエコシステムは、主にストレージインフラとしての利用を中心に発展しています。NFTのメタデータ保存(NFT.Storage)、科学データの分散保存(Desci)、ウェブアーカイブなど、さまざまなユースケースが生まれています。FVMの導入により、DeFiやDAO関連のアプリケーションも増えてきています。
Arweaveのエコシステムは、「AO(コンピュータ)」の導入により大きく拡張されつつあります。AOは、Arweaveのストレージ層の上に構築されたコンピューティングプロトコルで、分散型のアプリケーションをArweave上で実行できるようにするものです。AOの登場により、Arweaveはストレージだけでなく、コンピューティングのプラットフォームとしても機能し始めています。
6. トークンエコノミクスと投資としての評価
6-1. FILトークンの経済設計
FILトークンは、Filecoinネットワークの基本通貨として、以下の役割を果たしています。
- ストレージ料金の支払い: クライアントがストレージプロバイダーに支払う対価
- 担保(コラテラル): ストレージプロバイダーがネットワークに参加するためにロックする保証金
- ブロック報酬: 新しいブロックを生成したストレージプロバイダーへの報酬
FILの総供給量は20億枚に設定されていますが、供給スケジュールは複雑です。マイニング報酬(約55%)、投資家への配分(約10%)、Protocol Labsへの配分(約15%)、Filecoin Foundationへの配分(約5%)、残りがその他の配分となっています。
FILの価格動向を考えるうえで重要なのは、ストレージプロバイダーがネットワークに参加するためにFILをロック(担保として預ける)する必要があるという点です。ネットワークの成長に伴い、ロックされるFILの量が増加すれば、市場での流通量が減少し、供給面での価格支持要因となります。
一方で、マイニング報酬として新たに発行されるFILがインフレ圧力を生む側面もあり、トークン価格は需要(ストレージ利用量の増加)と供給(新規発行量)のバランスによって決まります。
6-2. ARトークンの経済設計
ARトークンは、Arweaveネットワークの基本通貨です。その経済設計はFILとは大きく異なります。
ARの総供給量は約6,600万枚(ジェネシスブロック時の5,500万枚 + マイニング報酬の約1,100万枚)で、FILと比較すると供給量が大幅に少ないのが特徴です。
ARトークンの需要は、主にデータの永久保存にかかる手数料から生じます。Permawebに保存されるデータが増えるほど、ARトークンへの需要が増加します。一方、供給側では、マイニング報酬の発行量が逓減する設計になっており、長期的には供給量の増加ペースが鈍化していきます。
ARのトークンエコノミクスで特に注目すべきは、前述の「ストレージ基金」の存在です。データ保存料金のうち、マイナーに直接支払われる部分を超えた残りは基金にプールされます。この基金は、将来のストレージコストをカバーするための準備金であり、ARトークンの一定量がネットワーク内にロックされることを意味します。
6-3. 投資としての評価ポイント
分散型ストレージプロジェクトのトークンを投資対象として評価する際には、以下のポイントに注目することが重要です。
ネットワークの利用率
実際にどの程度のデータが保存されているか、利用者が増加傾向にあるかどうかは、プロジェクトの実需を示す重要な指標です。Filecoinの場合はネットワークに提供されている総ストレージ容量と、実際に利用されている容量の比率(利用率)が参考になります。
エコシステムの成長
プロジェクト上で構築されているアプリケーションやサービスの数と質は、長期的なトークン需要の源泉です。Filecoinの場合はFVM上のdApps、Arweaveの場合はAO上のアプリケーションの成長が注目点です。
競合環境
分散型ストレージ市場には、Filecoin、Arweave以外にもStorj、Sia、Crust Networkなどの競合プロジェクトが存在します。また、中央集権的なクラウドプロバイダーとの競合も考慮する必要があります。
リスク要因
技術的なリスク(プロトコルの脆弱性、スケーラビリティの課題)、経済的なリスク(トークン価格の下落によるマイナーの撤退)、規制リスク(違法コンテンツの保存に関する法的責任など)を総合的に評価する必要があります。
7. 分散型ストレージのユースケースと将来展望
7-1. 現在の主要ユースケース
分散型ストレージは、すでにいくつかの実用的なユースケースで利用されています。
NFTメタデータの保存
NFT(非代替性トークン)のメタデータ(画像、動画、テキストなど)の保存は、分散型ストレージの最も成功したユースケースの一つです。NFTのスマートコントラクト自体はブロックチェーン上に存在しますが、実際のデジタルアートや関連データは容量が大きいため、オフチェーンに保存する必要があります。
中央集権的なサーバーにメタデータを保存した場合、そのサーバーが停止すればNFTは「何も表示されないトークン」になってしまいます。FilecoinやArweaveにメタデータを保存することで、NFTの永続性を確保できます。NFT.Storageなどのサービスがこの領域を牽引しています。
ウェブアーカイブ
Internet Archiveのような大規模ウェブアーカイブは、Filecoinを活用してアーカイブデータの分散バックアップを行っています。これにより、単一のデータセンターに依存するリスクを軽減しつつ、人類のデジタル遺産を保存する取り組みが進められています。
科学データと研究データの保存
大規模な科学データ(ゲノムデータ、天文データ、気候データなど)の分散保存にも、Filecoinが活用されています。研究データの再現性と長期的なアクセス可能性を確保するために、分散型ストレージの特性が活かされています。
7-2. DePIN(分散型物理インフラネットワーク)としての位置づけ
分散型ストレージは、「DePIN(Decentralized Physical Infrastructure Networks / 分散型物理インフラネットワーク)」と呼ばれるカテゴリの中で重要な位置を占めています。
DePINとは、ブロックチェーンとトークンインセンティブを活用して、物理的なインフラストラクチャを分散的に構築・運営するプロジェクトの総称です。分散型ストレージ(Filecoin、Arweave)に加え、分散型ワイヤレス通信(Helium)、分散型コンピューティング(Render Network)、分散型マッピング(Hivemapper)など、さまざまなカテゴリが含まれます。
DePINの市場全体が成長すれば、その中核を担う分散型ストレージプロジェクトも恩恵を受ける可能性があります。2026年時点で、DePINは暗号資産市場の中で注目度の高いナラティブ(物語)の一つとなっています。
7-3. 将来の展望と課題
分散型ストレージの将来を考えるうえで、いくつかの重要なポイントがあります。
AIデータの保存需要
AI(人工知能)の発展に伴い、学習データや推論結果の保存需要が爆発的に増加しています。分散型ストレージは、AIの学習データを検閲耐性のある形で保存し、データの出所(プロベナンス)を証明する手段として活用できる可能性があります。
エンタープライズ採用の拡大
分散型ストレージが大企業に本格的に採用されるためには、性能の安定性、SLA(サービスレベル合意)の保証、コンプライアンス対応など、まだ克服すべき課題があります。しかし、コスト面での優位性と検閲耐性は、特定のユースケースでは魅力的であり、段階的な採用拡大が期待されています。
法的・規制的課題
「削除できないストレージ」は、著作権侵害コンテンツや違法コンテンツへの対応という観点で法的な課題を抱えています。特にEUのGDPR(一般データ保護規則)が定める「忘れられる権利(消去権)」との整合性は、分散型ストレージが解決しなければならない重要な問題の一つです。
技術的な解決策としては、データ自体を暗号化して保存し、暗号鍵を破棄することで実質的に「アクセス不能」にするアプローチなどが議論されていますが、法的に十分かどうかはまだ結論が出ていません。
分散型ストレージの技術は着実に成熟しつつあり、ユースケースも広がっています。今後の発展を注視していく価値のある分野ではないでしょうか。
まとめ
この記事では、分散型ストレージの必要性から、基盤技術であるIPFS、Filecoinの仕組み、Arweaveのビジョン、両者の比較、トークンエコノミクス、そして将来展望まで、7つの視点から解説してきました。
ポイントを整理しましょう。
- 中央集権的なクラウドストレージには、集中リスク、検閲リスク、データの消失リスクがあり、分散型ストレージはその代替案として注目されている
- IPFSのコンテンツアドレッシングは分散型ストレージの基盤技術だが、データの永続的な保存を保証する経済的インセンティブが必要
- Filecoinは、Proof-of-Replication/Spacetimeによる証明メカニズムと、マーケットプレイス型のストレージ経済を構築している
- Arweaveは、ブロックウィーブとストレージ基金メカニズムにより、一回の支払いによる永久保存を実現しようとしている
- FilecoinとArweaveは競合というよりも、異なるニーズに応える補完的なプロジェクトである
- トークンの投資評価には、ネットワーク利用率、エコシステムの成長、競合環境、リスク要因の総合的な分析が必要
- DePINの一角として、AI時代のデータ保存需要を取り込む可能性がある
データは21世紀の「石油」とも呼ばれますが、石油と異なりデータは増え続けます。そのデータをどこに、どのように保存するかは、インターネットの未来を左右する重要な問いです。分散型ストレージの動向は、暗号資産の投資対象としてだけでなく、インターネットのアーキテクチャの進化という観点からも、注目に値するのではないでしょうか。
よくある質問(FAQ)
Q1. FilecoinやArweaveに個人のファイルを保存することはできますか?
はい、技術的には可能です。Filecoinの場合、Web3.storageやEstuaryなどのゲートウェイサービスを利用することで、比較的簡単にファイルをアップロードできます。Arweaveの場合も、ArDriveなどのアプリケーションを通じて、個人のファイルを永久保存できます。ただし、暗号資産のウォレットの設定やトークンの購入が必要になるため、一般的なクラウドストレージサービスと比べると、導入のハードルはやや高いと言えます。また、Arweaveに一度保存したデータは削除できないため、機密情報のアップロードには注意が必要です。
Q2. 分散型ストレージはAWSやGoogle Cloudの代わりになりますか?
現時点では、完全な代替にはなりにくいと考えられます。AWSやGoogle Cloudが提供しているのは単なるストレージだけではなく、コンピューティング、データベース、機械学習、CDN(コンテンツ配信ネットワーク)など、包括的なクラウドサービスです。分散型ストレージは「保存」の部分では競合し得ますが、パフォーマンスの安定性やサポート体制では、まだ大手クラウドプロバイダーに及ばない面があります。現実的には、バックアップ用途やアーカイブ用途など、特定のユースケースにおいて、中央集権的なサービスと併用する形が当面の利用パターンになるでしょう。
Q3. FILやARのトークンは取引所で購入できますか?
はい、FILとARは主要な暗号資産取引所で取引されています。日本国内の取引所でもFILを取り扱っているところがあります。ARについては、日本国内での取り扱いは限定的であるため、海外の取引所を利用する必要がある場合があります。取引所を利用する際は、金融庁に登録された業者を選ぶか、海外取引所のリスクを理解したうえで利用することをお勧めします。
Q4. Arweaveの「永久保存」は本当に永久なのですか?
Arweaveの永久保存は、ストレージコストが将来的に低下し続けるという仮定と、ネットワークが存続し続けるという前提に基づいています。前者についてはクライダーの法則に基づく合理的な推定がありますが、「永久」という言葉は数学的な保証ではなく、経済的インセンティブに基づく設計目標として理解するのが正確です。ネットワーク自体が何らかの理由で停止すれば、データの保存も保証されなくなります。とはいえ、データの永続性を経済的インセンティブで担保しようとする設計は画期的であり、従来の中央集権的なストレージよりも長期的な保存の信頼性は高い可能性があります。
Q5. 分散型ストレージに保存されたデータのプライバシーはどう保護されますか?
Filecoin・Arweaveのいずれも、デフォルトではデータが暗号化されているわけではありません。つまり、CID(コンテンツID)を知っている人であれば、保存されたデータにアクセスできる可能性があります。プライバシーを確保するためには、アップロード前にユーザー側でデータを暗号化しておく必要があります。暗号化を行えば、データの内容はネットワーク参加者(ストレージプロバイダー)にも読み取れなくなります。Lighthouse、Medusa、Lit Protocolなど、分散型ストレージのための暗号化・アクセス制御ソリューションも登場しており、プライバシー保護のための選択肢は広がっています。
※本記事は情報提供を目的としており、特定のプロジェクトやトークンへの投資を推奨するものではありません。暗号資産への投資は元本割れのリスクがあります。投資判断はご自身の責任で行ってください。