ブロックチェーン技術は日々進化を遂げていますが、その進化の方向性として近年特に注目されているのが「モジュラーブロックチェーン」という考え方です。従来のブロックチェーンは、トランザクションの実行・合意形成・データの保存といった全ての機能を1つのチェーン上で処理する「モノリシック(一体型)」な設計でした。しかし、この設計ではスケーラビリティ(処理能力の拡張性)に限界があることが、イーサリアムの高騰するガス代やビットコインの送金詰まりなどを通じて明らかになってきました。
モジュラーブロックチェーンは、これらの機能を複数の専門化されたレイヤー(層)に分離し、それぞれが最も得意とする処理に集中することで、全体としてのスケーラビリティやコスト効率を向上させようとするアプローチです。その中でも、「データ可用性(Data Availability:DA)レイヤー」は、ブロックチェーンのデータが誰でも検証可能な形で公開・保存されていることを保証する、極めて重要な役割を担っています。
本記事では、データ可用性レイヤーの概念から、Celestia、EigenDA、Avail、NEAR DAといった主要プロジェクトの比較、ビットコインエコシステムとの関係性、そして今後の展望まで、包括的に解説していきます。ブロックチェーンの次なる進化に興味のある方は、ぜひ参考にしていただければと思います。
目次
1. ブロックチェーンの基本構造とモジュラー化の流れ
1-1. モノリシックブロックチェーンの限界
ビットコインやイーサリアム(アップグレード前)に代表される従来のブロックチェーンは、1つのネットワーク上で以下の4つの機能を全て処理する「モノリシック(一体型)」な設計を採用しています。
- 実行(Execution):スマートコントラクトやトランザクションを処理する
- 合意形成(Consensus):トランザクションの順序と有効性をネットワーク参加者間で合意する
- データ可用性(Data Availability):トランザクションデータを公開し、誰でも検証できるようにする
- 決済(Settlement):トランザクションの最終的な確定を行う
このモノリシック設計の問題点は、1つのチェーンが全ての機能を担うため、処理能力に上限があるということです。イーサリアムの場合、1秒あたりのトランザクション処理数(TPS)は15〜30程度に制限されており、DeFi(分散型金融)やNFTのブーム時にはガス代が数十ドルに高騰する事態が度々発生しました。
この問題を解決するために、各機能を専門的なレイヤーに分離し、それぞれが独立して最適化を図るという「モジュラーブロックチェーン」の考え方が生まれました。
1-2. モジュラーブロックチェーンの基本概念
モジュラーブロックチェーンとは、ブロックチェーンの機能をモジュール(部品)のように分離し、それぞれを専門のレイヤーが担当するアーキテクチャのことです。この考え方は、コンピューターサイエンスにおける「関心の分離(Separation of Concerns)」の原則に基づいています。
具体的には、以下のようなレイヤー構成が想定されています。
- 実行レイヤー:ロールアップ(Optimistic Rollup、ZK Rollup)がトランザクションを高速に処理
- 決済レイヤー:イーサリアムなどのL1チェーンがトランザクションの最終確定を担う
- 合意形成レイヤー:トランザクションの順序を決定
- データ可用性レイヤー:トランザクションデータの公開と保存を専門に行う
この分離により、各レイヤーは自らの役割に特化した最適化が可能になります。たとえば、実行レイヤーであるロールアップは、数百〜数千TPSの処理能力を実現しつつ、セキュリティはイーサリアムなどの決済レイヤーに委ねることができます。
1-3. なぜデータ可用性が重要なのか
4つの機能の中でも、データ可用性はしばしば見落とされがちですが、ブロックチェーンの信頼性を支える根本的な要素です。
ブロックチェーンの核心的な価値は「トラストレス(信頼不要)」な検証が可能であることです。誰でもトランザクションデータを確認し、その正当性を検証できるからこそ、中央管理者なしにシステムが機能します。もしトランザクションデータが公開されていない、あるいは一部のノードだけがアクセスできる状態であれば、不正なトランザクションが含まれていても検知することができません。
ロールアップの文脈では、この問題がさらに顕著になります。ロールアップはL2上でトランザクションを処理し、その結果だけをL1に記録します。しかし、ロールアップのオペレーターが不正を行った場合、利用者がその不正を検証するためには、元のトランザクションデータにアクセスできる必要があります。データ可用性が保証されていなければ、ロールアップのセキュリティモデル自体が成立しなくなる可能性があるのです。
2. データ可用性(DA)とは何か
2-1. データ可用性問題の定義
データ可用性問題(Data Availability Problem)とは、「ブロック生成者がブロックに含まれる全てのトランザクションデータを実際に公開しているかどうかを、フルノードを運用せずに確認する方法はあるか」という問題です。
フルノード(全てのブロックデータをダウンロードし検証するノード)を運用していれば、データが公開されているかどうかを確認するのは容易です。しかし、フルノードの運用にはストレージ、帯域幅、計算能力の面で相当なリソースが必要であり、全てのユーザーがフルノードを運用することは現実的ではありません。
ライトノード(軽量ノード)やウォレットユーザーは、ブロックヘッダーの情報のみを参照しており、ブロック内のトランザクションデータ全体をダウンロードしているわけではありません。もしブロック生成者が悪意を持ってデータの一部を隠した場合、ライトノードはそれを検知することが困難です。
この問題を解決するために考案されたのが、「データ可用性サンプリング(DAS:Data Availability Sampling)」という技術です。DASについては後ほど詳しく解説します。
2-2. データ可用性とデータストレージの違い
データ可用性とデータストレージは、しばしば混同されますが、概念的には異なるものです。
データ可用性は、「データが公開され、必要なときにアクセスできる状態にあること」を保証するものです。永久的な保存を約束するわけではなく、少なくともブロック生成後の一定期間、データが取得可能であることを保証します。
一方、データストレージは、データを永久的に保存することを目的とします。IPFS(InterPlanetary File System)やFilecoin、Arweaveなどのプロジェクトがこの役割を担っています。
DAレイヤーでは、トランザクションデータは一定期間(プロジェクトによって異なりますが、数週間〜数か月程度)保持された後、プルーニング(削除)される場合があります。ロールアップの不正証明(Fraud Proof)やゼロ知識証明(ZK Proof)の検証に必要な期間だけデータが利用可能であればよいという考え方に基づいています。
2-3. イーサリアムのデータ可用性の現状
イーサリアムは、2024年3月のDencun(Deneb-Cancun)アップグレードで「Proto-Danksharding(EIP-4844)」を実装し、データ可用性に関する大きな進展を遂げました。
EIP-4844の導入以前、ロールアップはトランザクションデータをイーサリアムのcalldata(コールデータ)として記録していました。calldataはイーサリアムの実行層のストレージに永久に保存されるため、コストが高く、ロールアップの手数料を押し上げる要因となっていました。
EIP-4844では、「blob(ブロブ)」と呼ばれる新しいデータ形式が導入されました。blobはイーサリアムの合意層に一時的に保存され、約18日間で自動的に削除されます。calldataと比べて大幅に低コストでデータを記録できるため、ロールアップの手数料が10分の1以下に削減されたケースもあります。
ただし、EIP-4844の導入後も、イーサリアムのblob容量には限りがあり、ロールアップの数や利用量が増加すると再びコストが上昇する可能性が指摘されています。このため、イーサリアムの外部にDAレイヤーを設けるという選択肢が、引き続き重要なものとなっています。
3. Celestia ── DAレイヤーのパイオニア
3-1. Celestiaの概要と設計思想
Celestia(セレスティア)は、データ可用性に特化した初のモジュラーブロックチェーンとして、2023年10月にメインネットを立ち上げました。創設者のMustafa Al-Bassam氏は、ロンドン大学でデータ可用性サンプリングの研究を行っていた研究者であり、Celestiaはその学術的な研究成果を実装したプロジェクトともいえます。
Celestiaの設計思想は非常にシンプルです。Celestiaはトランザクションの実行やスマートコントラクトの処理は一切行わず、データの順序付けと可用性の保証のみに集中します。つまり、Celestiaは「何を」実行するかには関知せず、「データが公開されていること」だけを保証するレイヤーです。
この設計により、Celestia上にはさまざまなロールアップや独自のブロックチェーン(Sovereign Rollup)を構築することが可能になります。実行環境の選択肢が広がるため、EVM(Ethereum Virtual Machine)互換のロールアップだけでなく、独自のVM(仮想マシン)を持つロールアップも展開できます。
3-2. Celestiaの技術的特徴
Celestiaの技術的な特徴として、以下の3点が挙げられます。
第一に、データ可用性サンプリング(DAS)の実装です。CelestiaはDASを本格的に実装した最初のブロックチェーンの1つです。DASにより、ライトノードでもブロックデータの可用性を確率的に検証することが可能になります。ライトノードはブロックデータの一部をランダムにサンプリングし、そのサンプルが正しく取得できれば、高い確率でデータ全体が公開されていると判断できます。
第二に、名前空間付きマークルツリー(NMT:Namespaced Merkle Tree)の採用です。NMTにより、各ロールアップは自分に関連するデータのみをダウンロードすれば済みます。Celestia上に複数のロールアップが存在する場合でも、各ロールアップは自分の名前空間のデータだけを取得すればよく、全体のデータをダウンロードする必要がありません。
第三に、Tendermintベースの合意メカニズムです。CelestiaはCosmos SDKをベースに構築されており、Tendermint BFT合意メカニズムを使用しています。バリデーターの数は比較的少数(2026年3月時点で100程度)に設定されており、合意のスピードを重視した設計となっています。
3-3. TIAトークンとエコシステム
Celestiaのネイティブトークンである「TIA」は、ネットワークの利用料金の支払い、ステーキング、ガバナンスなどに使用されます。
TIAトークンは2023年10月のメインネットローンチと同時にエアドロップが行われ、イーサリアムやCosmos関連プロジェクトの利用者に配布されました。その後、TIAはCelestiaのエコシステムの成長とともに注目を集め、価格も大きく変動しています。
Celestiaのエコシステムには、複数のロールアップフレームワーク(OP Stack、Arbitrum Orbit、Sovereign SDK、Rollkitなど)が対応しており、開発者は比較的容易にCelestiaをDAレイヤーとして利用するロールアップを構築できます。Manta Pacific、Aevo、Lyraなどの主要プロジェクトがCelestiaをDAレイヤーとして採用したことで、実際のユースケースも拡大しています。
ただし、CelestiaをDAレイヤーとして利用するということは、データのセキュリティをイーサリアムではなくCelestiaのバリデーターセットに委ねることを意味します。イーサリアムのセキュリティに比べてCelestiaのセキュリティが十分かどうかについては、議論が続いているのが現状です。
4. EigenDA ── イーサリアムのリステーキングを活用したDA
4-1. EigenLayerとEigenDAの関係
EigenDA(アイゲンDA)は、イーサリアムのリステーキングプロトコルであるEigenLayer上に構築されたデータ可用性レイヤーです。EigenLayerの仕組みを理解することが、EigenDAの理解につながります。
EigenLayerとは、イーサリアムのステーカー(ETHをステーキングしているバリデーター)が、自分のステーキングしたETHのセキュリティを他のプロトコルにも再利用(リステーキング)できる仕組みです。通常、イーサリアムにステーキングされたETHはイーサリアムのセキュリティにのみ使用されますが、EigenLayerを通じて同じETHのセキュリティを複数のプロトコルに提供することが可能になります。
EigenDAは、このEigenLayerのリステーキングメカニズムを活用したDAレイヤーです。EigenDAのオペレーターは、イーサリアムのバリデーターでもあり、EigenLayerを通じてETHをリステーキングしています。これにより、EigenDAはイーサリアムのバリデーターセットの経済的セキュリティを間接的に活用することができます。
4-2. EigenDAの技術的特徴
EigenDAの技術的な特徴として、まず高いスループットが挙げられます。EigenDAは、2026年3月時点で10MB/秒以上のデータスループットを目標としており、これはイーサリアムのblobの容量を大幅に上回ります。
EigenDAでは、データは消失訂正符号(Erasure Coding)を使って複数のチャンクに分割され、各オペレーターに分散して保存されます。各オペレーターはデータの全体ではなく一部のみを保存するため、個々のノードのストレージ要件は比較的低く抑えられます。
また、EigenDAはKZGコミットメント(Kate-Zaverucha-Goldberg Commitment)という暗号学的な技術を使用して、データの完全性を効率的に検証します。KZGコミットメントにより、データの一部だけをダウンロードしても、データ全体が正しく公開されていることを数学的に証明することが可能です。
EigenDAのもう一つの重要な特徴は、イーサリアムのエコシステムとの高い親和性です。EigenDAはイーサリアムのセキュリティモデルを拡張する形で設計されているため、イーサリアム上のロールアップが自然な形でEigenDAをDAレイヤーとして採用しやすいという利点があります。
4-3. EigenDAの課題とリスク
EigenDAには、いくつかの課題やリスクも指摘されています。
最も議論されているのは、リステーキングに伴うシステミックリスクです。EigenLayerのリステーキングでは、同じETHが複数のプロトコルのセキュリティを同時に担保しています。もしEigenDA以外のAVS(Actively Validated Service)で重大な問題が発生し、リステーキングされたETHがスラッシング(没収)された場合、EigenDAのセキュリティにも影響が及ぶ可能性があります。
また、EigenDAのオペレーター数や分散性に関する懸念もあります。初期段階では、オペレーターの数が限定的であり、少数のオペレーターにデータの保存が集中する可能性があります。分散性が不十分な場合、データの可用性保証が弱まるリスクがあるでしょう。
さらに、EigenDAはまだ比較的新しいプロジェクトであり、実運用での大規模な負荷テストや、セキュリティインシデントへの対応実績が限られている点も考慮すべき要素です。
5. Avail・NEAR DA・その他のDAプロジェクト
5-1. Avail(アヴェイル)
Avail(アヴェイル)は、もともとPolygon(ポリゴン)のチームから独立して誕生したDAレイヤープロジェクトです。2024年にメインネットを立ち上げ、独立したDAレイヤーとして活動を開始しました。
Availの特徴は、KZGコミットメントを用いたデータ可用性サンプリングの実装に力を入れている点です。Availのライトクライアントは、ブロックデータの一部をランダムにサンプリングし、KZGコミットメントを使って検証することで、フルノードを運用しなくてもデータの可用性を確認できます。
Availはまた、「Avail Nexus」と呼ばれるクロスロールアップの統合レイヤーや、「Avail Fusion」と呼ばれる複数のトークンによるセキュリティ強化メカニズムなど、DAレイヤー以外の機能も含めた包括的なエコシステムの構築を目指しています。
Polygon CDK(Chain Development Kit)やArbitrum Orbitとの統合も進んでおり、ロールアップがAvailをDAレイヤーとして採用する際の技術的なハードルは比較的低いといえるでしょう。
5-2. NEAR DA
NEAR Protocol(ニアプロトコル)は、シャーディング技術を活用した高性能なL1ブロックチェーンですが、NEAR DAとしてDAレイヤーの機能も提供しています。
NEAR DAの最大の特徴は、コスト効率の高さです。NEARのシャーディングアーキテクチャ(Nightshade)を活用することで、大量のデータを低コストで処理できます。ロールアップがNEAR DAにデータを投稿するコストは、イーサリアムのcalldataを使用する場合と比較して大幅に低くなっています。
NEAR DAは、既にNEAR Protocol上で運用されている実績のあるインフラを活用しているため、新規のDAレイヤープロジェクトと比べて成熟度が高いという見方もあります。一方で、NEAR自体がL1チェーンとしての機能も持っているため、DAレイヤーに特化したプロジェクト(CelestiaやAvailなど)と比較して、DA機能への最適化の度合いでは劣る可能性が指摘されることもあります。
5-3. その他の注目DAプロジェクト
上記の主要プロジェクト以外にも、データ可用性の分野ではさまざまな取り組みが進んでいます。
EthStorageは、イーサリアムのストレージスケーリングに焦点を当てたプロジェクトで、プログラム可能なストレージをイーサリアム上に実装することを目指しています。
0G(Zero Gravity)は、AIとWeb3の融合を視野に入れた高性能DAレイヤーで、AIモデルの学習データのような大規模データの可用性保証を目標としています。
SyscoinのPODA(Proof of Data Availability)は、ビットコインのマージマイニングを活用してDAを提供するという独自のアプローチを取っています。
これらのプロジェクトの存在は、データ可用性という課題が多くの開発者やプロジェクトにとって重要な問題であることを示しているのではないでしょうか。
6. データ可用性サンプリング(DAS)の技術解説
6-1. DASの基本原理
データ可用性サンプリング(DAS:Data Availability Sampling)は、ライトノードがブロック全体のデータをダウンロードすることなく、データの可用性を高い確率で検証できる技術です。
DASの基本原理は以下の通りです。まず、ブロック生成者はブロックデータに対して消失訂正符号(Erasure Coding)を適用します。消失訂正符号とは、データを拡張して冗長性を持たせる技術で、元のデータの50%以上が利用可能であれば、データ全体を復元できるという特性があります。
次に、ライトノードはこの拡張されたデータからランダムにいくつかのチャンク(断片)をサンプリングし、ダウンロードを試みます。全てのサンプルが正常にダウンロードできた場合、データ全体が高い確率で公開されていると判断します。
統計的に、ブロック生成者がデータの50%以上を隠した場合(消失訂正符号によりデータを復元できなくなる閾値)、ライトノードが数十回のサンプリングを行えば、データの欠落を検出できる確率は99%以上になります。たとえば、15回のランダムサンプリングを行えば、悪意のあるブロック生成者がデータの50%を隠していた場合に検出できない確率は0.003%未満(2の15乗分の1)となります。
6-2. 消失訂正符号(Erasure Coding)の役割
消失訂正符号は、DASの核心的な技術要素です。データ通信やストレージの分野では広く使われている技術ですが、ブロックチェーンに応用されたのは比較的最近のことです。
具体的な仕組みを簡略化して説明すると、元のデータ(たとえば100チャンク)を消失訂正符号で2倍に拡張し、200チャンクのデータを生成します。この200チャンクのうち、任意の100チャンク以上が利用可能であれば、元の100チャンク全体を完全に復元できます。
この性質がDASにおいて重要な役割を果たします。ブロック生成者がデータの一部を隠そうとした場合、200チャンクのうち101チャンク以上を隠さなければ意味がありません(100チャンクまでの欠落であれば、残りのデータから完全に復元できるため)。つまり、データの50%以上を隠す必要がありますが、50%以上のデータが欠落していれば、ランダムサンプリングにより高い確率で検出されることになります。
Celestiaでは2次元のリード・ソロモン符号(2D Reed-Solomon Coding)を使用しており、データを行と列の2次元グリッドに配置した上で消失訂正符号を適用しています。この2次元構造により、さらに効率的なサンプリングと検証が可能になっています。
6-3. DASの実装における課題
DASは理論的には優れた技術ですが、実装にはいくつかの課題があります。
1つ目は、十分な数のライトノードの参加が必要という点です。DASのセキュリティは、多数のライトノードが独立にサンプリングを行うことで成り立っています。ライトノードの数が少なければ、サンプリングの網羅性が低下し、データの欠落を検出できない可能性が高まります。
2つ目は、ネットワーク層の信頼性です。ライトノードがサンプリングを行う際、ネットワーク上でデータチャンクを要求し、応答を受け取る必要があります。ネットワークが不安定な場合や、悪意のあるノードが意図的に応答を遅延させる場合、DASの信頼性に影響が及ぶ可能性があります。
3つ目は、データの再構築に関する問題です。消失訂正符号により、50%以上のデータが利用可能であれば理論的にはデータ全体を復元できますが、実際に復元を行うためには十分な計算リソースとネットワーク帯域が必要です。
7. ビットコインとデータ可用性の関係
7-1. ビットコインにおけるデータ可用性の現状
ビットコインブロックチェーンにおけるデータ可用性は、フルノードによる全データの検証という形で担保されています。ビットコインのフルノードは全てのブロックをダウンロードし、全てのトランザクションを検証するため、データ可用性の問題は原理的には発生しません。
しかし、ビットコインのブロックサイズには上限(約4MB、SegWit考慮)があり、処理できるトランザクション数にも限界があります。ビットコインのスケーラビリティを向上させるためにL2ソリューション(ライトニングネットワークなど)が開発されていますが、これらのL2ソリューションがデータ可用性をどのように確保するかという問題は、今後の重要なテーマとなり得るでしょう。
2023年以降、Ordinals(オーディナルズ)やBRC-20トークンの登場により、ビットコインブロックチェーン上に大量のデータが書き込まれるようになりました。これにより、ビットコインのブロックスペースの需要が増大し、トランザクション手数料が高騰する局面も見られました。この経験は、ビットコインエコシステムにおいてもデータ可用性とスケーラビリティの問題を改めて浮き彫りにしたのではないでしょうか。
7-2. ビットコインL2とDAレイヤーの接点
ビットコインのエコシステムでは、2024年以降、「ビットコインL2」と総称されるさまざまなスケーラビリティソリューションが活発に開発されています。Stacks(スタックス)、BOB(Build on Bitcoin)、Citrea、Merlin Chainなどのプロジェクトがビットコイン上のL2として注目を集めています。
これらのビットコインL2の一部は、トランザクションデータの記録先としてビットコインのメインチェーンだけでなく、外部のDAレイヤーを利用する設計を採用しています。ビットコインのブロックスペースは限られており、コストも高いため、大量のトランザクションデータをビットコインチェーン上に直接記録することは現実的ではない場合があります。
このような文脈で、CelestiaやAvailなどのDAレイヤーがビットコインL2のデータ可用性を担うという構成が検討されています。ただし、これはビットコインのセキュリティモデルの外側にデータを置くことを意味するため、セキュリティのトレードオフが存在する点には注意が必要です。
7-3. BitVMとデータ可用性
BitVM(ビットVM)は、ビットコイン上でチューリング完全な計算を可能にするという野心的なプロジェクトです。BitVMの仕組みは、計算をオフチェーンで実行し、その結果の正しさをオンチェーンの不正証明(Fraud Proof)メカニズムで検証するというものです。
BitVMにおいても、データ可用性は重要な課題です。不正証明のメカニズムが機能するためには、計算の入力データと中間状態がアクセス可能でなければなりません。チャレンジャー(不正を疑う検証者)がデータにアクセスできない場合、不正な計算結果を検知することが不可能になります。
BitVMの発展とともに、ビットコインエコシステムにおけるDAレイヤーの重要性はさらに高まる可能性があります。ビットコインの哲学である「分散性」と「検証可能性」を維持しながらスケーラビリティを向上させるためには、データ可用性の問題を適切に解決することが不可欠といえるでしょう。
8. モジュラーブロックチェーンの今後の展望
8-1. DAレイヤーの競争と淘汰
2026年3月時点で、DAレイヤー市場にはCelestia、EigenDA、Avail、NEAR DAなど複数のプロジェクトが参入しており、競争が激化しています。各プロジェクトはスループット、コスト、セキュリティ、分散性などの面で差別化を図っていますが、今後は市場の需要に応じた淘汰や統合が進む可能性もあるでしょう。
DAレイヤーの競争を左右する要因としては、以下のような点が考えられます。
- ロールアップやL2プロジェクトからの実際の採用実績
- データスループットとコスト効率のバランス
- セキュリティモデルの信頼性
- 開発者ツールやドキュメントの充実度
- トークンの経済設計とインセンティブ構造
イーサリアム自体もDanksharding(フルダンクシャーディング)の実装に向けて開発を進めており、これが実現すればイーサリアムのDA容量は大幅に拡大します。外部DAレイヤーの存在意義がどのように変化するかは、イーサリアムの開発進捗にも左右される可能性があります。
8-2. クロスチェーンDAの可能性
今後注目されるテーマの1つとして、複数のDAレイヤーを跨いだデータの可用性保証が挙げられます。現時点では、各DAレイヤーは独立して動作していますが、将来的には複数のDAレイヤーにデータを分散して記録することで、冗長性とセキュリティをさらに高めるというアプローチも検討されています。
Availの「Avail Nexus」やCelestiaの「Blobstream」など、DAレイヤーとイーサリアムをブリッジする技術も開発が進んでいます。これにより、DAレイヤーに記録されたデータの存在証明をイーサリアム上で確認できるようになり、セキュリティモデルの強化が期待されています。
8-3. DAレイヤーの課題と限界
モジュラーブロックチェーンとDAレイヤーの発展には、技術的な課題だけでなく、いくつかの構造的な課題もあります。
まず、セキュリティの断片化です。モジュラー設計は各レイヤーの専門化を可能にする一方で、システム全体のセキュリティが「最も弱いリンク」に依存するというリスクがあります。DAレイヤーのセキュリティがロールアップのセキュリティよりも低い場合、ロールアップのセキュリティもその水準に引きずられる可能性があります。
次に、複雑性の増大です。モジュラー設計はアーキテクチャを複雑にし、開発者やユーザーにとっての理解のハードルを上げます。複数のレイヤー間の相互作用やデータフロー、障害時の挙動などを正確に理解し管理することは、容易ではないかもしれません。
さらに、経済的な持続可能性の問題もあります。DAレイヤーが独立したトークンエコノミーを持つ場合、そのトークンの価値はDAサービスの需要に依存します。ロールアップの利用が低迷したり、イーサリアムのネイティブDA(Danksharding)が十分に拡張されたりした場合、外部DAレイヤーの経済モデルが成立しなくなる可能性も否定できません。
まとめ
データ可用性レイヤーとモジュラーブロックチェーンは、ブロックチェーン技術のスケーラビリティ問題を解決するための重要なアプローチとして、着実に発展を続けています。本記事で解説した内容を振り返ってみましょう。
- モジュラーブロックチェーンは、実行・合意形成・データ可用性・決済を専門のレイヤーに分離するアーキテクチャです
- データ可用性レイヤーは、トランザクションデータが公開され検証可能であることを保証する役割を担います
- Celestiaは、DAに特化した最初のブロックチェーンとして、DASや名前空間付きマークルツリーを実装しています
- EigenDAは、イーサリアムのリステーキングを活用して経済的セキュリティを確保するDAレイヤーです
- Avail、NEAR DAなど、複数のプロジェクトがDAレイヤー市場で競争しています
- DASは、ライトノードでもデータの可用性を効率的に検証できる技術です
- ビットコインエコシステムでも、L2の発展に伴いDAレイヤーの重要性が高まっています
モジュラーブロックチェーンの全貌が明らかになるまでにはまだ時間がかかるかもしれませんが、データ可用性という基盤技術の発展が、ブロックチェーン全体のスケーラビリティ向上に大きく寄与することは間違いないのではないでしょうか。
よくある質問(FAQ)
Q1. データ可用性レイヤーを使わなければロールアップは成立しないのですか?
ロールアップ自体は、イーサリアムのcalldataやblobにデータを記録することで成立します。外部のDAレイヤーを使わなくても、イーサリアム上でロールアップを運用することは可能です。ただし、イーサリアムのデータ記録コストは比較的高いため、コスト効率の観点から外部DAレイヤーを採用するロールアップが増えている状況です。セキュリティとコストのトレードオフを理解した上で、適切な選択を行うことが重要です。
Q2. CelestiaとEigenDAはどちらが優れていますか?
両者にはそれぞれ異なる設計思想と強みがあり、一概にどちらが優れているとは言えません。Celestiaは独立したDAレイヤーとして設計されており、あらゆるブロックチェーンエコシステムで利用できる汎用性を持っています。一方、EigenDAはイーサリアムのセキュリティを間接的に活用できる点が強みです。利用するロールアップの要件やセキュリティモデルに応じて、最適な選択は異なるでしょう。
Q3. データ可用性サンプリング(DAS)は完全に安全なのですか?
DASは、十分な数のライトノードが参加していれば、非常に高い確率でデータの可用性を検証できます。しかし、ライトノードの数が極端に少ない場合や、ネットワーク層への攻撃が行われた場合には、検証の信頼性が低下する可能性があります。DASは確率的な保証を提供するものであり、100%の安全性を保証するものではない点は理解しておく必要があるでしょう。
Q4. データ可用性レイヤーに投資する方法はありますか?
主要なDAレイヤープロジェクトの中には、独自のトークンを発行しているものがあります。CelestiaのTIAトークンやAvailのAVAILトークンなどが代表例です。これらのトークンは暗号資産取引所で購入可能な場合があります。ただし、DAレイヤーは比較的新しい技術分野であり、プロジェクトの成否が不確実な段階にあることを十分にご理解の上、投資判断を行ってください。
Q5. モジュラーブロックチェーンとモノリシックブロックチェーン、今後はどちらが主流になりますか?
どちらか一方が完全に主流になるというよりも、用途に応じて使い分けられる可能性が高いと考えられます。高いセキュリティと分散性が求められるユースケース(大規模な価値の移転や決済など)ではモノリシック型が適している場合があり、高いスループットや低コストが求められるユースケース(ゲームやSNSなど)ではモジュラー型が適している場合があります。両者のハイブリッド的なアプローチも進んでおり、境界は曖昧になっていく可能性があるのではないでしょうか。
Q6. ビットコインにもDAレイヤーは必要ですか?
ビットコインのメインチェーン自体はフルノードによるデータ検証が行われているため、現状ではDAレイヤーの必要性は限定的です。しかし、ビットコインL2(Stacks、BOB、Citreaなど)の発展に伴い、L2のトランザクションデータをどこに記録するかという問題が重要になっています。ビットコインのブロックスペースは限られているため、外部DAレイヤーの活用が検討されるケースが増えてきているのが現状です。
※本記事は情報提供を目的としており、特定のプロジェクトやトークンへの投資を推奨するものではありません。暗号資産やブロックチェーンプロジェクトへの投資には高いリスクが伴います。技術的な情報は2026年3月時点のものであり、各プロジェクトの仕様や状況は変更される可能性があります。投資判断はご自身の責任で行ってください。