MakerDAOは、分散型ステーブルコインDAIの発行プロトコルとして、DeFiエコシステムの根幹を担ってきました。しかし近年、このプロトコルは単なるステーブルコイン発行基盤にとどまらず、リアルワールドアセット(RWA)を積極的に担保に組み込む戦略を推進し、2024年には「Sky Protocol」へとブランド転換を行いました。
本記事では、MakerDAOがなぜRWA戦略を選択したのか、その具体的な内容と現状、そしてSky Protocolへの転換が意味するものを詳しく解説します。
MakerDAOの動向は、DeFiとRWAの融合という大きなトレンドを象徴しており、暗号資産市場全体の方向性を理解するうえでも非常に重要な事例です。
1. MakerDAOとDAIの基本:なぜ重要なのか
1-1. MakerDAOの仕組みとDAIの役割
MakerDAOは、2017年にイーサリアムブロックチェーン上でローンチされた分散型金融プロトコルです。その中核機能は、暗号資産を担保として預け入れることで、米ドルに1:1でペッグされたステーブルコイン「DAI」を借り入れられる仕組みです。
このプロセスは「Vault(金庫)」と呼ばれる仕組みで行われます。ユーザーはETHやWBTCなどの暗号資産をVaultに預け、その価値の一定割合(通常は担保率150%以上を維持)のDAIを借り入れます。担保価値が一定水準を下回ると、自動的に清算( liquidation)が実行されます。
DAIはDeFiエコシステムの中で最も重要なステーブルコインの一つとなり、Uniswap・Compound・Curveなど多数のDeFiプロトコルで広く利用されています。そのDeFiネイティブな性質と分散性が、中央集権的なステーブルコインとは異なる価値を提供しています。
1-2. 2022年のステーブルコイン危機が与えた教訓
2022年5月のテラ・ルナ崩壊は、アルゴリズム型ステーブルコインの脆弱性を世界に示しました。MakerDAOのDAIはアルゴリズム型ではなく担保型ですが、この事件はステーブルコイン全体の信頼性に疑問を投げかけ、MakerDAOに担保構造の見直しを迫りました。
また、同年の暗号資産市場全体の大幅な価値下落(いわゆるクリプトウィンター)は、暗号資産のみを担保とするシステムの構造的なリスクを改めて浮き彫りにしました。担保価値が急落すれば、DAIのペッグも崩れかねません。
こうした背景から、MakerDAOは「暗号資産以外の安定した担保」を組み込む必要性を強く認識し、RWA統合の加速へと舵を切りました。
2. MakerDAOのRWA戦略:詳細解説
2-1. 米国債を担保に:「Dai Savings Rate」の財源
MakerDAOのRWA戦略の中で最も規模が大きいのが、米国財務省証券(Tビル)などの短期国債の組み込みです。2023年から本格化したこの戦略では、特別目的事業体(SPV)を通じて米国債を購入し、その保有資産をDAI担保の一部として計上しています。
この戦略の財務的な意義は大きく、2023年には年利5%前後の米国債利回りがMakerDAOの収益の過半数を占めるまでになりました。この収益の一部は「Dai Savings Rate(DSR)」というユーザー向けの貯蓄利回りとして分配され、2023年後半には年利8%超に設定されていた時期もありました。
具体的には、Monetalis Clydesdale・BlockTower Andromeda・Coinbase Custodyなど複数のパートナーを通じて、数十億ドル規模の米国債ポートフォリオが構築されました。これはDeFiプロトコルが現実世界の金融資産を直接保有する画期的な事例として注目を集めました。
2-2. プライベートクレジットとCentrifugeとの協力
米国債以外にも、MakerDAOはCentrifugeプロトコルと協力して企業向けローンや不動産担保融資などのプライベートクレジットも担保に組み込みました。これらの資産は一般的に米国債より高い利回りを提供しますが、流動性が低く、デフォルトリスクも存在します。
Centrifugeとの連携については、Centrifuge単独の解説記事(本シリーズ第3回)で詳しく取り上げます。ここでは、MakerDAOがCentrifugeを通じて農業ローン・太陽光発電融資・貿易金融などへのエクスポージャーを持ったことを概説するにとどめます。
重要なのは、これらのプライベートクレジット投資がMakerDAOの収益多様化に貢献した一方、2023年以降にはいくつかの案件でデフォルトや延滞が発生したことも事実です。このことは、RWAの高利回りには相応のリスクが伴うことを示しています。
3. Sky Protocolへの転換:何が変わったのか
3-1. ブランド転換の背景と「Endgame」計画
2024年、MakerDAOは大規模なブランドリニューアルを行い、プロトコル名を「Sky Protocol」、トークンを「MKR→SKY」、ステーブルコインを「DAI→USDS(US Dollar Sky)」に変更することを発表・実施しました。
この転換は、創設者のRune Christensenが2022年から提唱してきた「Endgame」と呼ばれる長期的な発展計画の一環です。Endgame計画の主要な柱は、以下の通りです。
- ガバナンスの最適化:専門特化した「SubDAO」(サブDAO)システムの導入により、MakerDAOの複雑なガバナンス構造を整理・効率化する。
- RWAの継続的拡大:現実世界の資産をさらに多様化・拡大し、プロトコルの収益基盤を強化する。
- 分散化の深化:最終的には、プロトコルのコア部分を完全に分散化・自律化させる。
「Sky」というブランドは、プロトコルの未来志向・拡張性・アクセシビリティを象徴するものとして選ばれました。
3-2. USDSとDAIの関係:移行の実態
重要な点として、DAIはSky Protocol移行後も廃止されず、USDSと並行して存在し続けています。既存のDAIホルダーは1:1でUSDSに移行できますが、強制ではありません。
USDSはDAIと同様に米ドルペッグのステーブルコインですが、SKYトークンを通じたガバナンス参加やSubDAO活動との連携がより深化しています。また、USDS向けの貯蓄レート(Sky Savings Rate)も設定されており、ユーザーはUSDSを保有するだけで利息を得られます。
一方、DAIのブランドと流動性はDeFiエコシステムに深く根付いており、多くの既存プロトコルがDAIに対応しています。このため、当面はDAIとUSDSが共存する移行期が続くと考えられます。
4. MakerDAOのRWA保有状況と収益構造
4-1. 担保構成の変化:暗号資産からRWAへ
MakerDAOの担保構成は、2020年〜2021年には圧倒的にETHとWBTCなどの暗号資産が中心でした。しかし2022〜2023年のRWA戦略の推進により、構成が大きく変化しました。
Makerburn.comなどのオープンソースダッシュボードによると、2024年時点でMakerDAOの担保のうち、実物資産・現金等価物(主にRWA・米国債)が占める割合は、全担保の半数以上に達しているという推計もあります(集計方法や時点により数値は変動します)。
この担保構成の変化は、DAI(およびUSDS)の安定性にとってプラスに働く側面がある一方、中央集権的な要素(銀行口座・カストディアン・法的枠組み)への依存度が高まるというトレードオフも存在します。「分散型ステーブルコイン」という当初のコンセプトとの整合性について、コミュニティ内でも継続的な議論が行われています。
4-2. プロトコル収益とMKR/SKYトークンの関係
MakerDAOの収益は、主に以下の源泉から生まれています。
- 安定化手数料(Stability Fee):Vaultから借り入れられたDAIに課される利息。暗号資産担保のVaultから徴収されます。
- RWA投資収益:保有する米国債・プライベートクレジットなどから得られる利息収入。
- 流動性手数料:各種DeFiプロトコルとのインテグレーションから生じる手数料収入。
これらの収益はMakerDAOの財務(スマートコントラクト上のSurplus Buffer)に蓄積され、一定水準を超えると市場でMKRトークンを買い戻し・バーン(焼却)する仕組みが機能します。これはMKRトークンの希少性を高め、長期的な価値向上につながるメカニズムとして設計されています。
5. MakerDAOのガバナンスとコミュニティ
5-1. MKR/SKYホルダーによる意思決定
MakerDAOは、MKR(またはSKY)トークンを保有するコミュニティが重要な意思決定を行う「ガバナンス投票」システムを採用しています。担保の追加・削除、安定化手数料の変更、Dai Savings Rateの設定など、プロトコルのパラメータ変更はすべてガバナンス投票を経て実施されます。
このオンチェーンガバナンスの仕組みは、DeFiの透明性・分散性というコアバリューを体現しています。しかし同時に、複雑な金融的判断を一般トークンホルダーに求めることの難しさや、大口ホルダー(クジラ)による議決権の集中というリスクも指摘されています。
5-2. Core Unit制からSubDAOシステムへ
Endgame計画の下、MakerDAOのガバナンス構造は従来の「Core Unit」制から「SubDAO」システムへと移行しています。SubDAOは特定の機能領域(例:ローン・安定資産・エコシステム開発)に特化した準独立的な組織で、独自のトークン・ガバナンス・予算を持ちます。
この構造改革の狙いは、巨大化したMakerDAOの意思決定の硬直化を解消し、より機動的・専門的な運営を可能にすることです。ただし、SubDAOシステム自体がまだ発展途上であり、その最終的な機能・効果については継続的に評価が必要です。
6. MakerDAOが直面するリスクと課題
6-1. 中央集権化リスクとカウンターパーティリスク
MakerDAOのRWA戦略における最大のリスクの一つが、中央集権化です。米国債の保有には銀行口座・カストディアン機関・SPVなどの中央集権的な仲介者が必要であり、これらのいずれかに問題が生じた場合(銀行破綻・カストディアンの不正・法的紛争など)、プロトコル全体に影響が及ぶ可能性があります。
2023年3月のシリコンバレー銀行(SVB)破綻の際には、USDCがSVBへの預金があったことからデペッグし、MakerDAOのDAIも一時的に影響を受けました。これは、分散型ステーブルコインがいかに中央集権的な金融インフラのリスクと無縁ではないかを示す事例です。
6-2. 規制リスクと法的不確実性
米国証券取引委員会(SEC)やその他の規制当局がDeFiプロトコルへの規制強化を模索する中、RWAを扱うMakerDAOは規制上のグレーゾーンに置かれています。特に、トークン化された有価証券の発行・流通に関する規制は各国で整備が進んでいますが、DeFiプロトコルがどのような法的義務を負うかは依然として不明確な部分があります。
このような規制リスクは、MakerDAO/Sky Protocolが長期的に機能し続けるための重要な変数です。投資家としては、規制環境の変化がプロトコルの運営・トークン価格に与える影響を常に注視する必要があります。
まとめ
MakerDAOは、純粋な暗号資産担保のステーブルコインプロトコルから、現実世界の資産を積極的に取り込む「ハイブリッド型」のDeFiプロトコルへと大きく変容しました。Sky Protocolへの転換は、この変化をさらに加速させるための戦略的な意思決定です。
RWA統合によりDAI/USDSの安定性と収益性は向上した一方で、中央集権化リスク・規制リスク・カウンターパーティリスクという新たな課題も生まれています。MakerDAOの動向は、DeFiが本格的な金融インフラとして認められるための試金石として、引き続き注目していく必要があります。
よくある質問(FAQ)
Q1. MakerDAOのMKRトークンを保有するメリットは何ですか?
MKRトークンはMakerDAOのガバナンストークンであり、保有することでプロトコルの重要な意思決定(担保追加・手数料変更など)に参加できます。また、プロトコルの収益の一部でMKRが買い戻し・バーンされる仕組みがあり、長期的な供給量減少による価値向上が期待されます。ただし、プロトコルが大規模な損失を被った場合にはMKRが希薄化(追加発行)されるリスクもあります。
Q2. DAIとUSDSの違いを教えてください。
どちらも米ドルに1:1でペッグされたステーブルコインで、MakerDAO/Sky Protocolが発行しています。既存のDAIをUSDSに1:1で移行できますが、強制ではありません。USDSは新しいSky Protocolエコシステム(SubDAO・Sky Savings Rate)との連携がより深化しています。DeFiエコシステムでの流動性はまだDAIの方が高い局面があります。
Q3. MakerDAOは安全なプロトコルですか?
MakerDAOはDeFi最古参のプロトコルの一つで、2020年の「ブラックサーズデー」(ETH価格急落による大規模清算)などのストレスイベントを経験し、その都度改善を重ねてきた実績があります。ただし、RWA統合に伴う中央集権化リスク・スマートコントラクトのバグリスク・規制リスクなどは常に存在します。いかなるDeFiプロトコルも100%安全とは言えず、自己責任での判断が必要です。
※本記事は情報提供を目的としており、投資を推奨するものではありません。暗号資産への投資は元本割れのリスクがあります。投資判断はご自身の責任で行ってください。