ビットコインの相場分析において、チャートのテクニカル分析だけでなく「オンチェーン指標」と呼ばれるデータを活用する手法が近年広まっています。オンチェーン指標とは、ビットコインのブロックチェーン上に記録された取引データから導出される各種の分析指標であり、市場参加者の行動を定量的に可視化するものです。
オンチェーン分析の特徴は、価格という結果だけでなく、その背後にある需給構造や投資家のポジション状況を直接観察できる点にあります。株式市場では機関投資家のポジション情報は四半期ごとの開示に限られますが、ビットコインのブロックチェーンはすべての取引が公開されており、リアルタイムでの分析が可能です。
本記事では、相場予測に特に有用とされる代表的なオンチェーン指標を5つ選び、それぞれの定義・計算方法・歴史的な相場との関係・活用上の注意点を詳しく解説していきます。
1. MVRV比率(Market Value to Realized Value)
1-1. MVRVの定義と計算方法
MVRV(Market Value to Realized Value)比率は、ビットコインの「市場価格ベースの時価総額」を「実現価格ベースの時価総額」で割った値です。
ここで「実現価格(Realized Price)」とは、ビットコインの各UTXOが最後に移動した際の価格の加重平均であり、「市場全体の平均取得コスト」に近い概念です。MVRV比率が高いということは、現在の市場価格が平均取得コストを大きく上回っており、多くの保有者が含み益を抱えていることを意味します。
計算式: MVRV = 市場時価総額(Market Cap)÷ 実現時価総額(Realized Cap)
Glassnode、CryptoQuantなどのオンチェーン分析プラットフォームで日次データが公開されており、無料プランでも基本的な閲覧が可能です。
1-2. MVRVの歴史的なシグナル
過去のビットコイン相場を振り返ると、MVRV比率は特定のレンジで歴史的な高値・底値と相関する傾向が観察されています。
- MVRV ≥ 3.5〜4.0:市場の過熱ゾーン。過去の強気サイクルの高値付近でこの水準に達することが多かった(2013年・2017年・2021年)
- MVRV ≈ 1.0〜1.5:適正バリュエーションゾーン。中期的な買い増しの参考水準として見られることがある
- MVRV ≤ 1.0:割安ゾーン。多くの保有者が含み損を抱えており、弱気相場の底付近で観察されることが多い(2018年末・2022年末)
ただし、これらの水準は絶対的なシグナルではなく、市場の構造変化(機関投資家の増加など)によって有効な水準が変化する可能性があります。
2. NUPL(Net Unrealized Profit/Loss)
2-1. NUPLの定義
NUPL(Net Unrealized Profit/Loss:純未実現損益)は、市場全体のビットコイン保有者の含み益・含み損の総量を相対化した指標です。市場参加者の感情状態(Sentiment)を反映する指標とも解釈されます。
計算式: NUPL =(市場時価総額 − 実現時価総額)÷ 市場時価総額
NUPLは-1から1の範囲の値をとります。正の値は市場全体として含み益状態、負の値は含み損状態を示します。
2-2. NUPLの相場フェーズとの対応
NUPLは通常、以下のようなフェーズ分類とともに解釈されます。
- 0.75以上(Euphoria/Greed):極端な強気・バブル的な局面。過去にはこの水準が高値圏と重なることが多かった
- 0.5〜0.75(Belief/Denial):上昇トレンドの途中、または天井後の初期調整期
- 0.25〜0.5(Optimism/Anxiety):中間的な局面、需給のバランスが取れている状態
- 0〜0.25(Hope/Fear):割安水準への接近、底値圏の可能性を示唆
- 0以下(Capitulation):投げ売り局面。過去の底値形成と重なることが多い
NUPLが0を下回り、「Capitulation(投げ売り)」フェーズに入ることは、長期投資家にとって慎重な買い増しを検討するシグナルとして参照される場合があります。ただし、こうした水準でも価格がさらに下落することはあり得ます。
3. SOPR(Spent Output Profit Ratio)
3-1. SOPRの仕組み
SOPR(Spent Output Profit Ratio:支出アウトプット損益比率)は、ビットコインが移動した際に、その移動が利益で行われたか損失で行われたかを示す指標です。ビットコインの各UTXO(未使用トランザクションアウトプット)について、移動時の価格を取得時の価格で割ることで計算されます。
計算式: SOPR =(UTXOの現在価値)÷(UTXOの取得時価値)
SOPR > 1 は利益確定の売りが行われていることを示し、SOPR < 1 は損失確定の売りが行われていることを示します。
3-2. SOPRの相場分析への活用
SOPRは特に短期的な相場の転換点分析に用いられることがあります。一般的な解釈として以下のようなパターンが知られています。
- 強気相場中:SOPRが1を上回って推移し、値下がりしてSOPRが1に近づいた際にサポートされて反発する(利益確定水準まで下がると買いが入るパターン)
- 弱気相場中:SOPRが1を下回って推移し、値上がりしてSOPRが1に近づいた際に抵抗されて反落する(損失が取り返せる水準まで回復すると売りが増えるパターン)
「aSOPR(Adjusted SOPR)」と呼ばれる派生指標は、取得から1時間以内の短期取引(主にノイズ)を除外したバージョンであり、中長期トレンドの分析により適しているとされています。
4. NVT比率(Network Value to Transactions)
4-1. NVT比率とは
NVT比率(Network Value to Transactions Ratio)は、ビットコインの市場時価総額をオンチェーンの取引量(USD建て)で割った値です。株式市場のPER(株価収益率)に類比され、「ビットコインのPER」とも呼ばれます。
計算式: NVT =(市場時価総額)÷(日次オンチェーン取引量のUSD建て)
NVT比率が高い場合はネットワークの実際の利用量に対して市場価値が割高、低い場合は割安であるという解釈をします。
4-2. NVTシグナルとその限界
Willy Woo氏が提案した「NVTシグナル」は、NVT比率の90日移動平均を用いることで、より平滑化されたシグナルを生成します。過去のデータでは、NVTシグナルが特定の高水準に達した際に価格の高値圏と重なることがあった一方、特定の低水準に達した際に底値圏と重なることもありました。
NVT比率の解釈における重要な注意点は、「オンチェーン取引量」の定義です。ビットコインがCoinbaseやBinanceなどの中央集権型取引所内部で決済される取引(オフチェーン取引)はNVT計算に含まれません。機関投資家によるETFやカストディサービスを通じたビットコイン取引が増加するにつれて、オンチェーン取引量とビットコインの実際の経済活動の乖離が生じる可能性があります。
5. Puell Multiple(プエル・マルチプル)
5-1. Puell Multipleの定義
Puell Multiple(プエル・マルチプル)は、マイナー(採掘者)の収益状況から相場のサイクルを分析する指標です。David Puellによって考案されたことからこの名称が付けられています。
計算式: Puell Multiple =(日次のマイナー発行量USD)÷(365日移動平均の日次マイナー発行量USD)
現在のマイナー収益が過去1年の平均と比較してどの程度高いか低いかを示す指標であり、マイナーが採算確保のために大量のビットコインを売却するプレッシャーを測定するものです。
5-2. Puell Multipleの相場分析への応用
過去のビットコイン相場との対応では、以下のような傾向が観察されています。
- Puell Multiple ≥ 4〜8:マイナー収益が過去平均の4〜8倍と高い水準。過去の強気相場の高値ゾーンと重なることがある。マイナーが大量の売却を行う経済的インセンティブが高い
- Puell Multiple ≈ 0.3〜0.5:マイナー収益が過去平均の30〜50%水準に落ち込んでいる。過去の弱気相場の底付近と重なることがある。マイナーの経営圧迫により弱いマイナーが撤退し、相場の底固めにつながる場合がある
半減期後はブロック報酬が半減することで Puell Multiple が自動的に大きく低下するため、半減期のタイミングと Puell Multiple の動向は密接に関連しています。
6. オンチェーン指標を活用する際の注意点
6-1. 単一指標への依存は避ける
ここまで紹介した5つの指標はそれぞれ有用な視点を提供しますが、単一の指標だけで相場判断を行うことにはリスクが伴います。各指標は市場の一側面を捉えたものであり、外生的なショック(規制変更・マクロ経済環境の急変・大規模ハッキング事件など)には対応できません。
実務的なアプローチとしては、複数のオンチェーン指標を組み合わせ、互いに確認し合うコンセンサスが形成された場合に判断の信頼性を高めるという方法が有効です。また、テクニカル指標やファンダメンタル分析との組み合わせも重要です。
6-2. 市場構造の変化への対応
オンチェーン指標は過去のデータに基づいてキャリブレートされており、市場構造が大きく変化した場合には過去の有効な閾値が変化する可能性があります。特に2024年以降のビットコインETFによる機関投資家資金の大量流入は、オンチェーン指標の解釈に新たな複雑さをもたらしています。
ETFを通じたビットコイン保有は、ETF発行体のカストディアン(BitcoinのBitcoinやCoinbaseなど)のウォレットにビットコインが集中することになります。これにより、「大量のビットコインが少数のウォレットに集中」という現象が、従来の分析フレームワークにおいて誤ったシグナルを生じさせる可能性があります。
Glassnodeなどの主要なオンチェーン分析プラットフォームはこうした変化に対応するための新しい指標や修正指標を継続的に開発しており、最新の分析手法のアップデートに注目することも重要です。
まとめ
本記事で紹介した主要なオンチェーン指標をまとめると以下の通りです。
- MVRV比率:市場価格が実現価格(平均取得コスト)の何倍かを示す。3.5以上で過熱、1以下で割安の目安
- NUPL:市場全体の含み益・含み損の総量を相対化。0を下回る投げ売りフェーズは底値圏の目安として参照される
- SOPR:移動されたビットコインの損益状況を示す。強気相場では1がサポート、弱気相場では1が抵抗として機能する傾向
- NVT比率:市場価値とオンチェーン取引量の比率。高すぎると割高、低すぎると割安のシグナルとなることがある
- Puell Multiple:マイナー収益の過去平均との乖離。高値・底値判断の補助指標として活用される
これらの指標はいずれも過去のデータに基づく統計的な傾向を示すものであり、将来の価格を確実に予測するものではありません。あくまで参考指標として活用し、最終的な投資判断は自己責任のもとで行ってください。
よくある質問
Q. オンチェーン指標はどこで無料で確認できますか?
A. Glassnode(https://glassnode.com)、CryptoQuant(https://cryptoquant.com)、LookIntoBitcoin(https://www.lookintobitcoin.com)などのプラットフォームで、基本的な指標は無料プランでも閲覧できます。有料プランではより詳細なデータや高度な指標が利用できます。
Q. オンチェーン指標と価格の間にはどれくらいのタイムラグがありますか?
A. 指標によって異なります。SOPR・Puell Multipleなどはリアルタイム〜数日程度の短期シグナルとして活用されることが多い一方、MVRV・NUPLは週次〜月次レベルの中長期トレンド判断に用いられることが多いです。
Q. オンチェーン指標だけでトレードの判断ができますか?
A. オンチェーン指標単独でのトレード判断は推奨されません。テクニカル分析、マクロ経済環境の把握、ファンダメンタル的な要因の評価など、複数の観点を組み合わせた総合的な判断が重要です。
免責事項:本記事の情報は執筆時点のものであり、最新情報と異なる場合があります。※本記事は情報提供を目的としており、投資を推奨するものではありません。暗号資産への投資は元本割れのリスクがあります。投資判断はご自身の責任で行ってください。