イーサリアムは2025年に入り、「Pectra(ペクトラ)」と呼ばれる大型アップグレードを実施しました。Pectraは「Prague(プラハ)」と「Electra(エレクトラ)」という2つのコード名を組み合わせた名称で、実行レイヤーとコンセンサスレイヤーの両方に及ぶ包括的な改善パッケージです。
過去のアップグレードと比較しても、今回のPectraはEIP(Ethereum Improvement Proposal)の採用数が多く、アカウント抽象化・バリデータ効率化・スケーリング促進という三本柱が同時に進展する点で特に注目されています。本記事では、Pectraに含まれる主要EIPの概要と技術的意義を体系的に整理します。
イーサリアムの技術動向に関心のある方、あるいはETHへの投資を検討している方にとって、アップグレードの内容を正しく理解することは非常に重要です。各EIPが何を変えるのか、なぜ採用されたのかを確認していきましょう。
1. Pectraアップグレードの背景と目的
1-1. 「Prague」と「Electra」の組み合わせとは
イーサリアムのアップグレードは、実行レイヤー(EL)とコンセンサスレイヤー(CL)の2つが並行して開発されています。実行レイヤー側の改善は都市名(Prague)で、コンセンサスレイヤー側は宇宙の星座名(Electra)で命名する慣習があります。Pectraはこの2つを組み合わせた呼称です。
2022年の「The Merge」でプルーフ・オブ・ワークからプルーフ・オブ・ステークへ移行して以降、イーサリアムはShanghai/Capella(ステーキング引き出し対応)、Cancun/Deneb(EIP-4844によるブロブ取引導入)と段階的に改善を重ねてきました。Pectraはこの流れを引き継ぎ、さらなる利便性とスケーラビリティを追求しています。
1-2. Pectraが解決しようとした課題
Pectra以前のイーサリアムが抱えていた主な課題は以下の3点です。
- ユーザー体験の複雑さ:EOA(外部所有アカウント)はスマートコントラクトの機能を持たないため、ガス代の支払いや権限管理に制約がありました。
- バリデータ管理の非効率:最大有効残高が32 ETHに固定されており、大口ステーカーは多数のバリデータを個別に管理する必要がありました。
- ブロブ容量の不足:EIP-4844で導入されたブロブ取引(Layer2のデータ可用性を低コストで確保する仕組み)は初期設定では容量が限られており、Layer2の本格普及には増量が求められていました。
これらの課題に対し、Pectraは複数のEIPを組み合わせることで同時に対処しようとしています。
2. Pectraに含まれる主要EIPの一覧
2-1. 実行レイヤー(Prague)関連EIP
実行レイヤーに影響する主なEIPを以下に整理します。
- EIP-7702:EOAが一時的にスマートコントラクトコードを設定できる仕組みを導入。アカウント抽象化の中核となる提案です。
- EIP-2537:BLS12-381曲線上の演算を実行レイヤーのプリコンパイルとして追加し、zkProofの検証コストを削減します。
- EIP-2935:過去のブロックハッシュを8192ブロック分ステートに保存し、オンチェーンでの歴史的参照を容易にします。
- EIP-6110:デポジットコントラクトからのバリデータ申請をブロック本体に直接含める仕組みに変更し、処理を簡略化します。
- EIP-7002:バリデータがELのウィズドロウアルアドレスから自発的にコンセンサスレイヤーへ退出要求を送信できるようにします。
- EIP-7685:ELからCLへの一般的なリクエスト転送フレームワークを定義する基盤提案です。
- EIP-7691:ブロックあたりのブロブ数の上限を増やし、Layer2のデータ処理コストをさらに引き下げます。
- EIP-7840:ブロブのスケジュール設定をEL設定ファイルに移し、柔軟な調整を可能にします。
2-2. コンセンサスレイヤー(Electra)関連EIP
コンセンサスレイヤー側の主要な変更は以下のとおりです。
- EIP-7251:バリデータの最大有効残高を32 ETHから2048 ETHに引き上げ、大口ステーカーのバリデータ管理を大幅に効率化します。
- EIP-7549:同一チェックポイントに対する複数アテステーションをまとめてコミッティー外で処理する方式に変更し、ブロック内の効率を向上させます。
- EIP-7594:ピアツーピアレイヤーでのブロブデータ配布(PeerDAS)の基盤を整備します。将来的なDankshardingに向けた準備でもあります。
3. Pectraのアクティベーションタイムライン
3-1. テストネットでの検証プロセス
Pectraは本番ネットワーク(メインネット)への適用前に、複数のテストネットで段階的に検証されました。Hoodi、Holesky、Sepoliaといったテストネットでそれぞれフォークが実施され、クライアントチームによるバグ修正と相互運用性テストが繰り返されました。
テストネット段階では当初いくつかの不具合が発見され、特定のEIPに対する修正が加えられました。このような反復的なテストプロセスがイーサリアムの安全なアップグレードを支えています。
3-2. メインネットアクティベーション
PectraはEpoch 364032(2025年5月7日ごろ)にメインネットでアクティベートされました。アクティベーション後、EIP-7702によるスマートアカウント機能がウォレットプロバイダーに利用可能となり、EIP-7251によるバリデータ統合も開始されています。
イーサリアムのメインネットアップグレードはクライアントチームの一致した準備が必要であり、すべての主要クライアント(Geth、Besu、Nethermind、Erigon、Teku、Lighthouse、Prysmなど)がPectraに対応したバージョンをリリースすることで実現しています。
4. Pectraがエコシステムに与える影響
4-1. ウォレット・dAppsへの影響
EIP-7702の導入により、MetaMaskやRainbowウォレットなど主要なEOAウォレットがスマートアカウント機能(バッチ取引、スポンサードガス、セッション鍵など)を取り込む動きが加速しています。ユーザーがdAppsと対話する際の操作ステップが削減され、UXの改善が期待されます。
一方でdApp側も、ユーザーのアカウントタイプが変化することを想定した開発が必要になります。ERC-4337(アカウント抽象化の既存標準)との互換性も重要な検討事項です。
4-2. ステーキングサービスへの影響
EIP-7251により、32 ETH単位でバリデータを分割する必要がなくなります。これにより大規模なステーキングプロバイダーはバリデータ数を大幅に削減でき、管理コストと運用負担が軽減されます。Lidoなどの流動性ステーキングプロトコルも、この変更に合わせたシステム更新が求められます。
5. EIPの提案・審査プロセスの概要
5-1. EIPが採用されるまでの流れ
EIPはGitHub上のリポジトリ(ethereum/EIPs)に草案として提出されます。提案者が仕様を記述し、コアデベロッパーが隔週で開催するAll Core Devs(ACD)ミーティングで議論が行われます。技術的な問題がなく、コンセンサスが得られた提案は「Accepted」ステータスとなり、次のフォークに組み込まれます。
5-2. 優先度の決定とトレードオフ
すべての提案を一度に採用することはできません。各EIPは互いに依存関係を持つ場合があり、テスト工数・リスク・ユーザーへのメリットを総合的に判断して優先度が決まります。Pectraでも当初の候補リストから絞り込みが行われ、複雑すぎる提案は次のフォークに持ち越されました。
6. Pectra以降の開発ロードマップ
6-1. FusakaとOsakaの位置付け
Pectraの次のアップグレードとして「Fusaka(フサカ)」が開発中です。FusakaではEIP-7594(PeerDAS)の本格導入が予定されており、ブロブデータをネットワーク上により効率的に分散させる仕組みが整備される見通しです。さらにその後の「Osaka」ではVerkleツリー(ステートの圧縮技術)の導入が議論されています。
6-2. Dankshardingへの道
イーサリアムの長期スケーリング戦略の中心にあるのがDanksharding(完全シャーディング)です。Pectraで強化されたブロブ機能とPeerDASはDankshardingへの段階的な準備であり、最終的にはLayer2が大量のデータをイーサリアムに安全かつ低コストでアンカーできる環境を目指しています。
まとめ
PectraはEIP-7702によるアカウント抽象化、EIP-7251によるバリデータ効率化、EIP-7691によるブロブ増量という三本柱を中心に、イーサリアムの利便性・安全性・スケーラビリティを多面的に向上させるアップグレードです。
個々のEIPは独立した改善提案でありながら、全体として一貫したビジョン(ユーザー体験の改善とLayer2エコシステムの成熟)に沿って設計されています。今後のFusaka・Osaka・Dankshardingへの流れも念頭に置きながら、イーサリアムの技術動向を追っていきましょう。
よくある質問
Q. Pectraはいつメインネットで有効になりましたか?
A. PectraはEpoch 364032(2025年5月7日ごろ)にイーサリアムメインネットでアクティベートされました。
Q. EIPとは何ですか?
A. EIP(Ethereum Improvement Proposal)はイーサリアムプロトコルへの改善提案の総称です。GitHub上で公開・議論され、コアデベロッパーのコンセンサスを経てアップグレードに採用されます。
Q. Pectraは保有するETHに直接影響しますか?
A. ETHを保有しているだけであれば直接的な操作は不要です。ただしウォレットやステーキングサービスを利用している場合は、各サービスのアップデート情報を確認することをお勧めします。
※本記事は情報提供を目的としており、投資を推奨するものではありません。暗号資産への投資は元本割れのリスクがあります。投資判断はご自身の責任で行ってください。