2024年3月のDencunアップグレードでEIP-4844(Proto-Danksharding)が実装されて以来、イーサリアムのレイヤー2(L2)エコシステムは劇的な変化を遂げました。ブロブ(Blob)と呼ばれる新しいデータ格納形式の導入により、オプティミズムやアービトラムなどのオプティミスティックロールアップ、そしてzkSync EraやStarknetなどのZKロールアップのガス代が一時は90%以上削減されるケースも見られました。しかし、Dencunで設定されたブロブの上限は1ブロックあたりターゲット3つ・最大6つと控えめな値であり、L2の利用拡大とともに再び混雑が生じる状況も見えてきています。Pectraアップグレードではこの上限をさらに引き上げるEIP-7691が含まれており、合わせてPeerDASと呼ばれるデータ可用性サンプリングの技術も検討されています。本記事ではこれらの変更がL2コストとスケーラビリティに与える影響を詳しく解説します。
EIP-4844(Proto-Danksharding)の復習
ブロブとは何か
ブロブ(Binary Large Object)は、EIP-4844によって導入されたイーサリアムの新しいデータ格納形式です。通常のトランザクションデータ(calldata)と異なり、ブロブは約4,096フィールド要素(1ブロブあたり約128KB)のデータを保持できますが、EVMからは直接アクセスできません。L2ロールアップはコールデータの代わりにブロブを使ってバッチデータをL1に送信することで、大幅なコスト削減を実現しました。ブロブデータは約18日間ノードに保存された後に削除されますが、その間はデータ可用性が保証されます。
Dencun後のL2ガス代の現状
Dencunアップグレード直後は、L2のガス代が劇的に下がり、多くのユーザーが1セント以下のコストでトランザクションを実行できるようになりました。しかし2024年後半から2025年にかけてL2の利用が拡大するにつれ、ブロブの需要がターゲット値(1ブロックあたり3つ)を超える場面が増え、ブロブのガス代(Blob base fee)が上昇するケースも出てきました。これはDencunで設定されたブロブ上限が、急増するL2需要に対して十分ではないことを示しています。
EIP-7691:ブロブスループットの引き上げ
EIP-7691の具体的な変更内容
EIP-7691は、Dencunで設定されたブロブの上限を引き上げることを目的としています。具体的には、1ブロックあたりのターゲット値を現行の3から6へ、最大値を6から9へと変更することが提案されています。これにより、ネットワークが許容できるブロブデータ量が単純計算で2倍に増加します。ターゲットとマックスの比率(2:3)は現行と同じに維持されており、EIP-1559と同様のベースフィー調整メカニズムによって需給バランスが保たれます。
L2コストへの具体的な影響試算
EIP-7691によりブロブのターゲット値が倍増すると、供給量が増えるためブロブのガス代(blob base fee)は理論上下落します。需要が現在と同水準であれば、ブロブ代は大幅に下がり、L2ロールアップのバッチコストが削減されます。オプティミズム(OP Mainnet)やBase、ArbitrumなどのL2は1日あたり数十から数百のブロブをL1に送信していますが、この供給増によりコストが30〜50%削減されるシナリオも試算されています。最終的なコスト削減幅はブロブ需要の伸びと相関します。
PeerDAS:データ可用性サンプリングの進化
PeerDASの基本概念
PeerDAS(Peer Data Availability Sampling)は、データ可用性の検証をノード全体ではなくサンプリングベースで行う技術です。現行のイーサリアムでは、各フルノードがすべてのブロブデータをダウンロードして保持しています。PeerDASが実装されると、各ノードはブロブデータ全体のランダムなサンプルのみをダウンロードし、統計的にデータ全体が可用であることを検証できるようになります。これにより、ノード1台あたりの帯域幅要件を増やすことなく、ブロブ数をさらに拡大できます。
消去符号化とデータ冗長性
PeerDASの核心技術は消去符号化(Erasure Coding)です。ブロブデータは消去符号化によって拡張され(現行は2倍の冗長性)、分散されたサンプルから元のデータを復元できるように設計されています。各ノードはサンプルを相互に交換するピアツーピアのサブネットに参加し、全体として高いデータ可用性を保証します。ノードがデータの一部を隠そうとする攻撃(Data Withholding Attack)に対しても、サンプリングの統計的性質によって高い耐性を持ちます。
Danksharding最終形へのロードマップ
Full Dankshardingとの関係
Dencunで実装されたProto-Danksharding、Pectraで計画されるEIP-7691とPeerDAS(EIP-7594)は、最終的なFull Dankshardingへの段階的なアプローチです。Full Dankshardingが完成すると、1ブロックあたり数十から数百のブロブが処理できるようになると予測されており、L2のスループットは現在の数百倍に達する可能性があります。PeerDASはFull Dankshardingの実現に不可欠な技術コンポーネントであり、Pectraでの実装はその重要な試験台となります。
実装タイムラインとリスク
EIP-7691はEIP-7251やEIP-7702と比較して技術的な変更範囲が限定的であるため、Pectraの中では比較的実装リスクが低い変更とみなされています。一方、PeerDAS(EIP-7594)は新しいネットワークプロトコルの追加を伴うため、テストネットでの十分な検証が必要です。開発チームはPeerDASを「Fusaka」アップグレードに持ち越す可能性も検討しており、最終的な実装スケジュールはテストネットの進捗によって決まります。
主要L2プロトコルへの影響分析
オプティミスティックロールアップへの恩恵
OptimismやArbitrumなどのオプティミスティックロールアップは、バッチデータをブロブとして定期的にL1に送信します。EIP-7691でブロブ供給が増えると、ブロブのガス代競争が緩和され、バッチコストが下がります。これはL2上のエンドユーザーが支払うガス代の削減につながります。特に低流動性の時間帯(深夜や週末など)にブロブ代が急騰するケースが減少すると期待されています。
ZKロールアップへの影響
zkSync Era、StarkNet、Polygon zkEVMなどのZKロールアップも、オンチェーンにデータを投稿する際にブロブを活用しています。ZKロールアップはZK証明の検証コストがオプティミスティックロールアップと比べて高い傾向がありますが、ブロブコストの削減により総コストの改善が見込まれます。またPeerDASが実装されると、ZKロールアップが将来的により多くのデータをL1に投稿できるようになり、プルーフ生成とデータ投稿の最適化設計が変わる可能性もあります。
Validiumとの比較:L2戦略への示唆
データ可用性コストの試算比較
Validium(オフチェーンデータ可用性を採用するL2)はブロブコストを完全に回避できますが、ブロブを使うロールアップと比べてセキュリティ前提が異なります。EIP-7691によるブロブコスト低下は、ロールアップ型L2(オンチェーンデータ可用性)の経済性を高め、Validiumとのコスト差を縮小させる効果があります。プロジェクトがL2戦略を選択する際の判断基準が変わる可能性があります。
Blobs-as-a-Serviceの台頭
EigenDAやCelestiaなどの外部データ可用性レイヤー(外部DAレイヤー)は、L2に対してイーサリアムより安価なデータ可用性サービスを提供しています。EIP-7691でイーサリアムのブロブコストが下がると、外部DAレイヤーとの価格競争力が高まり、L2プロジェクトがイーサリアムのネイティブデータ可用性を選択するインセンティブが強まると考えられます。これはイーサリアムのデータ可用性レイヤーとしての地位を強化する動きです。
まとめ:Pectraが描くL2スケーリングの次の一手
EIP-7691によるブロブスループットの引き上げとPeerDASの基盤整備は、イーサリアムがL2スケーリングの中心地であり続けるための重要な施策です。Dencunが切り開いたブロブ時代の第二章として、PectraはL2のガス代をさらに引き下げ、エコシステムの利便性向上に貢献します。PeerDASを含む完全なデータ可用性サンプリングの実現により、最終的なFull Dankshardingへの道筋も明確になってきています。L2を利用するユーザーや開発者にとって、Pectraは歓迎すべきアップグレードといえます。
よくある質問
Q1. EIP-7691後、L2のガス代はどれくらい下がりますか?
ブロブのターゲット供給量が倍増することで、需要が現状と同水準であれば理論上ブロブのガス代は大幅に下落します。ただし実際の削減幅はL2の利用量の伸びと相関するため、一概には言えません。楽観的なシナリオでは現在比30〜50%の削減、L2利用が急増した場合はより小幅な削減にとどまる可能性もあります。
Q2. PeerDASはいつ使えるようになりますか?
PeerDAS(EIP-7594)はPectraへの包含が検討されていますが、技術的な複雑さから次の「Fusaka」アップグレードに持ち越される可能性もあります。最新のACD(All Core Developers)ミーティングの議事録で現状を確認することを推奨します。
Q3. ブロブ数の増加はノードの運用コストに影響しますか?
ブロブ数が増えると、各ノードがダウンロード・保存するデータ量も増加します。EIP-7691の段階では既存のフルノードで対応可能な範囲ですが、PeerDASが完全に実装されるとデータサンプリングの仕組みが変わり、ノードの帯域幅要件に関する新しい設計が必要になります。ホームステーカーへの影響は最小化されるよう慎重に設計されています。
免責事項
※本記事は情報提供を目的としており、投資を推奨するものではありません。暗号資産への投資は元本割れのリスクがあります。投資判断はご自身の責任で行ってください。