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イーサリアムのスケーリングロードマップ完全解説:EIP-4844からDanksharding・The Surgeへ

イーサリアムの創設者ヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)は、イーサリアムを「世界のコンピュータ」にするための長期的なロードマップを継続的に発表し更新しています。その中心的なテーマのひとつが、スケーリング問題の解決です。

2024年3月に実現したEIP-4844(Proto-Danksharding)は、このロードマップにおける「The Surge」フェーズの最初の重要なマイルストーンでした。しかし、これはあくまでも出発点であり、イーサリアムの開発者たちが描く完全なビジョンの実現にはまだ多くのステップが残っています。

本記事では、イーサリアムのスケーリングロードマップ全体を俯瞰しながら、EIP-4844の位置づけ、次のステップである完全Danksharding、そして関連する技術的課題について詳しく解説します。

ヴィタリックが描くイーサリアムの未来像

「ロールアップ中心ロードマップ」とは

2020年に公開された「ロールアップ中心ロードマップ(Rollup-centric Roadmap)」の記事で、ヴィタリックはイーサリアムのスケーリング戦略の根本的な方向性を示しました。このロードマップの核心は「イーサリアムL1はセキュリティの基盤として機能し、実際のトランザクション処理はL2ロールアップが担う」という分業体制です。

この考え方は当時革新的でした。それまでのスケーリング議論はL1のブロックサイズを増やすアプローチ(ビットコインのブロックサイズ論争に似た議論)や、シャーディングによってL1自体を並列化するアプローチが中心でした。ロールアップ中心ロードマップは、「L1の改善はロールアップが必要とするデータ可用性の向上に集中する」という新しい視点を提示しました。

この戦略のもとで開発が進んだのがEIP-4844(Proto-Danksharding)であり、さらに完全なDankshardingへの発展が計画されています。

The Surgeフェーズの全体像

ヴィタリックのイーサリアムロードマップは複数のフェーズで構成されています。スケーリングに特化した「The Surge」フェーズの主な内容は以下のとおりです。

まず達成されたのがEIP-4844(Proto-Danksharding)です。ブロブトランザクションの導入によってL2のデータ可用性コストを大幅削減しました。次のステップとして完全なDankshardingが計画されており、これが実現するとブロブキャパシティが現在の100倍以上になる見込みです。さらに長期的にはPBS(Proposer-Builder Separation)の改善、EIP-7732(EPBS)、各種バリデーター改革なども予定されています。

The Surgeの目標数値として、ヴィタリックは「Ethereum L1 + L2全体で毎秒100,000トランザクション以上」という目標を示しています。現在のイーサリアムL1は毎秒約15トランザクション程度であるため、これは1万倍以上のスループット向上に相当します。

完全Dankshardingの技術仕様

DAS(Data Availability Sampling)の仕組み

完全Dankshardingの中核技術となるのがDAS(Data Availability Sampling:データ可用性サンプリング)です。DASは、ブロックのデータ全体を各バリデーターがダウンロードせずに、データが正確に利用可能であることを確認できる技術です。

DASの仕組みは消去符号(Erasure Coding)に基づいています。元のデータをd倍(例えば2倍)に拡張した形で保存することで、ランダムに選んだサンプルを検証するだけでデータの可用性を高い確率で確認できます。具体的には、元データの2倍のサイズに拡張されたデータから75個程度のランダムサンプルを取得して検証することで、99.9%以上の確率でデータ全体の可用性を確認できます。

この仕組みにより、各バリデーターはブロックデータ全体をダウンロードする必要がなくなります。代わりに小さなサンプルをダウンロードして検証するだけで、ネットワーク全体としてデータの可用性が保証されます。これがDankshardingで大量のブロブを扱える根本的な理由です。

PeerDASとDanksharding移行の段階

完全なDankshardingへの移行は段階的に進める計画です。まず中間ステップとして「PeerDAS(Peer-to-Peer DAS)」の実装が予定されています。PeerDASはネットワークの各ピアが特定の行(サブネット)のデータを担当することで、DASを実用的に実装する手法です。

PeerDASでは、バリデーターは全データをダウンロードする代わりに、自分が担当するサブネットのデータのみを保存・配布します。必要に応じて他のサブネットのデータを要求することで、任意のデータにアクセスできます。この仕組みにより、ネットワーク全体の帯域幅要求を分散させながら、データ可用性を保証できます。

PeerDASが安定稼働を確認できれば、完全なDankshardingへのアップグレードが行われ、ブロブキャパシティが段階的に拡大されていく予定です。

ロードマップの他フェーズとの連携

The Merge・Scourge・Verge・Purgeとの関係

ヴィタリックのイーサリアムロードマップには「The Merge」(Proof of Stakeへの移行、2022年完了)、「The Surge」(スケーリング)、「The Scourge」(MEVとプロトコルの健全化)、「The Verge」(ステートレスクライアント化)、「The Purge」(古いデータの削除と仕様の簡素化)、「The Splurge」(その他の改善)という各フェーズがあります。

これらは互いに独立ではなく、連動して進められます。The SurgeのDankshardingは大量のデータをネットワークに流しますが、The VergeのSTARK証明やVerkle Triesによるステートレスクライアント化が実現すると、バリデーターの実行クライアントへの負荷が軽減され、Dankshardingの運用がより効率化します。

また、The Scourgeで進められているPBS(Proposer-Builder Separation)の改善は、Dankshardingの実装においても重要です。大量のブロブを含むブロックの構築を担うビルダーと、ブロックを提案するプロポーザーの役割分担が明確になることで、ブロブの効率的な流通が可能になります。

The Verge:ステートレスクライアントとの相乗効果

The Vergeフェーズの中心的な技術であるVerkle Triesとステートレスクライアントは、Dankshardingと重要な相乗効果を持ちます。

現在のイーサリアムでは、バリデーターはネットワークの現在の状態(ステート)全体を保持する必要があります。Verkle Triesへの移行とステートレスクライアント化が実現すると、バリデーターはステート全体を保持せずに、トランザクションに必要な部分のみを証明とともに受け取ることでブロック検証が行えるようになります。

この変化により、バリデーターノードの運用コストと技術的要件が大幅に下がります。より多くの人が自宅からバリデーターを運用できるようになり、イーサリアムの分散化がさらに進むことが期待されます。Dankshardingとの組み合わせでは、ステートレスクライアントがブロブデータの検証も効率化します。

L1の処理能力向上策:EIP-4844以外の改善

EIP-7623:calldataコストの見直し

EIP-4844の実装後、ブロブが普及するにつれてL2がcalldataの代わりにブロブを使うようになりました。しかし一部のケースではまだcalldataが使われており、これがL1ブロックの大型化につながることがあります。

EIP-7623はcalldataのコストを引き上げることで、L2がブロブをより積極的に使うよう誘導する提案です。calldataのコストが上がれば、相対的にブロブのコスト効率が高まり、ブロブへの移行が加速します。また、L1ブロックサイズの安定化にも寄与します。

EIP-7742とブロブ上限の動的調整

EIP-7742は、ブロブの最大数を固定値ではなく動的に調整できるようにする提案です。現在はコンセンサス仕様に直接書き込まれたターゲット(3ブロブ)と最大値(6ブロブ)が使用されています。

EIP-7742が実装されると、コンセンサス層のビーコンブロックがブロブの最大数を各ブロックに指定できるようになります。これにより、ネットワークの状況や将来のDanksharding実装の段階に合わせて柔軟にブロブキャパシティを調整できるようになります。

イーサリアムのバリデーターと分散化

32ETH要件とバリデーターの分散化課題

イーサリアムのバリデーターになるには32ETH(2026年時点では数百万円相当)のステーキングが必要です。この高い参入障壁が、バリデーターの分散化を妨げる要因のひとつとして指摘されています。

Dankshardingが実装されてデータ処理量が増えると、バリデーターノードのハードウェア・帯域幅要件も増大します。一方でDASによってバリデーターが全データをダウンロードする必要がなくなるため、必要な帯域幅は一定範囲に抑えられる設計です。それでも、バリデーターの集約化(大規模ステーキング事業者への集中)は長期的な課題として残っています。

EIP-7251:最大ステーキング額の引き上げ

EIP-7251(MaxEB)はバリデーター1つあたりの最大有効残高を32ETHから2048ETHに引き上げる提案です。これにより大規模ステーカーは複数のバリデーターを立てる必要がなくなり、ネットワーク全体のバリデーター数を適切な規模に保てます。

バリデーター数が多すぎると、コンセンサスのメッセージ数(attestations)が増大し、ネットワークの通信オーバーヘッドが大きくなります。EIP-7251によってバリデーター数を合理化することで、Dankshardingの大量データ処理と組み合わせてもネットワークが安定して動作できるようになります。

トランザクションコストのゼロへの道

長期的なコスト削減シナリオ

完全DankshardingとL2エコシステムの成熟が実現した場合、イーサリアム上のトランザクションコストはどこまで下がるでしょうか。

ヴィタリックは長期的には「L2トランザクションを0.001ドル以下にする」という目標を示したことがあります。これは現在でもArbitrum NovaやStarkNetの一部のユースケースで達成に近い水準ですが、完全Danksharding実現後にはより広範なL2での達成が見込まれます。

0.001ドル(約0.15円)以下のトランザクションコストが実現すれば、ゲームの操作、ソーシャルメディアへの投稿、マイクロペイメントなど、これまで「ガス代に見合わない」とされてきた多くのユースケースが実現可能になります。これはブロックチェーン技術の適用範囲を劇的に広げることを意味します。

インフラとしてのイーサリアムの未来

スケーリングロードマップが順調に進めば、イーサリアムは将来的にインターネットインフラの一部として機能する可能性があります。Web2のサービスがTCPIPプロトコルを意識せずに利用するように、Web3のアプリケーションがイーサリアムのスケーリングインフラを意識せずに活用できる世界が目指されています。

ETHのトークンとしての価値も、このスケーリングの進展と無縁ではありません。L2のブロブ手数料はETHで支払われ、EIP-1559のバーン機能によってETHの供給が減少します。Dankshardingでブロブキャパシティが拡大しても、手数料収入がETHのバーンと供給削減につながる仕組みは維持されます。

まとめ

EIP-4844(Proto-Danksharding)は、イーサリアムのスケーリングロードマップ「The Surge」の最初の重要な一歩です。ブロブトランザクションの導入によってL2の手数料を大幅に削減しつつ、完全なDankshardingへの移行を準備するものです。

完全Danksharding、DAS、PeerDAS、Verkle Triesなどの後続技術が順調に実装されれば、イーサリアムは毎秒10万トランザクション以上を処理できるプラットフォームへと発展し、本当の意味で「世界のコンピュータ」に近づくことでしょう。この技術的な旅路は、ブロックチェーン技術の可能性を大きく広げるものとして注目に値します。

よくある質問

Q. 完全なDankshardingはいつ実装される予定ですか?

具体的な実装スケジュールは確定していません。イーサリアムの開発は研究・提案・テストネット・本番という段階を経るため、数年単位の時間がかかることが一般的です。PeerDASの実装が次の中間ステップとして議論されており、その後に完全Dankshardingへの移行が検討されています。

Q. Dankshardingが実装されるとETHの価格はどうなりますか?

技術的なアップグレードが直接的に価格を決定するわけではありません。Dankshardingによってネットワークの有用性が高まれば長期的にETHへの需要が増す可能性はありますが、暗号資産市場は多くの要因によって影響を受けます。価格予測は非常に不確実であり、投資判断の根拠とすることは慎重に行ってください。

Q. ロールアップ中心のロードマップはビットコインのLightning Networkと似ていますか?

概念的には似た点があります。どちらもL1の上にL2を構築してスケーリングを達成するアプローチです。ただし技術的には大きく異なります。イーサリアムのロールアップはスマートコントラクトを活用した汎用的な計算処理が可能ですが、ビットコインのLightning Networkは主に送金に特化した設計です。

※本記事は情報提供を目的としており、投資を推奨するものではありません。暗号資産への投資は元本割れのリスクがあります。投資判断はご自身の責任で行ってください。

Bitcoin Analyze 編集部

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